再会







「───!?」


 愛称で呼ばれた少女は驚いて振り返った。

 見遣った先では一人の少年が少女と同じかそれ以上に驚いた顔をしていて、思わず吹き出してしまった。そういえば自分は可能性を考えたけど、彼はそんな風に身構えることもできなかったのか、なんて。

 揃いの制服、色違いのマント、お互い伸びた上背。
 昔といまでは違うものが多すぎるけど、相手を見る目だけが変わらない。

 呆然と呼び止めてきた彼に、少女は穏やかに微笑みかけた。


「久しぶり、ユーリス」










 立ち話には積もるものがありすぎる、と二人は大聖堂から食堂へと移動した。教団の騎士や信者、あるいは二人と同じ学生までもが渾然一体となった屋内はとても賑やかだった。相手の声を聞き取るに苦労はしない騒然ぶりだったのは幸いであった。

 昼食というには遅すぎる軽食をそれぞれ手に、向かい合って長机を挟んだ。


「まさかおまえも士官学校にいるなんてな」

「私はユーリスもいる可能性は考えてたよ。本当に会えるとは思ってなかったけど」

「……言えよ。偶然会えたからよかったものの、入学時期が違ってたら顔も合わさなかったかもしんねえんだぞ」

「平民が貴族に手紙を出すなんて、恐れ多くてとてもとても」


 はおどけて肩を竦めてみせる。が、すぐに目を瞬かせてユーリスを見つめた。彼が思いの外真剣な顔つきだったのだ。


「私と会えなくて、そんなに寂しかった?」


 ユーリスはとても大きな溜め息をついた。


「……どうしておまえはそんな言い方しかできないかね。ってか、俺様がいなくて寂しかったのはおまえの方だろ。このはぐれガラス」


 少女は桃のシャーベットを一口、舌に乗せた。


「否定はできないな」

「…………は」

「ユーリスのいない生活は平和だったけど、きみがいたときほどの張り合いもなかったよ」


 もぐもぐ、と食べ進めるシャーベットと同じ温度の声では淡々と語った。

 ユーリスの形の良い眉がピクピクと助けを求めるように痙攣する。彼はしばらく少女を凝視し、やがて「あーっ!」と頭を掻き毟った。が知らず肩を跳ねさせるぐらい盛大に。


「はいはい、俺の負け俺の負け! あーくそ! 、おまえこういうときだけ素直になんのやめろよな!」

「……別に勝ち負けを競っていたわけじゃないし、私はいつでも素直だよ」

「へー? ふーん? じゃあいま俺に『ユーリス大好き』って言ってみろよ。おまえが会いたくて会いたくてたまらなかったこの美少年に告白できる、またとないチャンスだぜ?」

「ユーリス大好き」

「……せめて眉の一つぐらい動かせよ……」

「実は表情筋も素直なんだ」


 ユーリスはひどく眉根を寄せた。「実はじゃねえよ」悪態をつくように吐き捨てて、綺麗な顔に似合わないぞんざいな仕草でシャーベットを削る手を進める。


「おまえは黒鷲の学級か」

「そういうきみは青獅子の学級なんだね」

「……分かっちゃいたが、ま、同じじゃねえわな」

「そうだね。前と同じだ」


 の落ち着いた相槌に、ユーリスは頭を抱えて長い息を吐き出した。


「……おまえがいるなら転入……いや、なんで俺様が動かなくちゃなんねえんだ。おまえが青獅子に来いよ」

「どうして?」

「……どうして、じゃなくてさぁ……。冷静に考えろよ、。俺とおまえが組んだらどうなる?」

「最強だよ」

「だろ」


 足を組み直したユーリスが、シャーベットに突き刺していたスプーンでを指し示した。


「この士官学校じゃ学級対抗戦なんてのもある。なのに俺とおまえが違う学級に属してちゃ、骨折り損のくたびれ儲けだ。どうせ勝つにしても楽に越したことはない」

「だったらなおのこと、別の方がよくない?」

「あ?」


 怪訝そうに聞き返してきたユーリスに、は自らもスプーンを指し返してみせた。


「私は楽しみだよ。久しぶりにユーリスと真剣勝負するの」

「……この脳筋め。その頭でどうやって士官学校の試験をパスしたんだ?」

「そこはちゃんと勉強したよ。……貴族のコネに縋らなくちゃいけないところもあって、色々大変だったけど」

「───は?」


 ユーリスの声の温度が極端に下がった。


「……おい。まさか触らせた、、、、んじゃねえだろうな」


 は彼を静かに見つめ返した。


「……だったらどうする?」

「言え。どこをどう触られたのか、逐一詳細に」


 シャーベットを食べ進めようとしていたの手を、ユーリスが強く掴んだ。ギリ、と手首の骨が軋むほど握られる。それでも彼女は顔色を変えず、爛々と目を光らせる少年をじっと窺った。


「全部俺で上書きしてやる」

「……なら残念。しようがないよ」

「あぁ?」

「触らせてないもの」


 は意識的に身体の力を抜き、ぐっと上半身を後ろに倒した。ユーリスに繋がれた腕だけが、二人の間で橋のように伸びる。


「しいていうならいまユーリスに触られてるのが、初」

「………………おまえさぁ…………」


 ユーリスはがっくりと脱力し、机の上に突っ伏した。しかしを掴む手の力が弱まることはなく、何度か存在を確認するように手首をやわやわと揉まれた。


「この美少年の純情を弄んで楽しいか?」

「そこそこ」

「そこそこかよ。そこは泣きべそかいて喜べよ」


 怒ったと思えば落胆して、いまは拗ねた様子のユーリスに、は再会したときのように笑いかけた。


「またよろしくね、ユーリス」


 ユーリスはのっそりと頭を持ち上げ、気分転換のような短い息を吐いてから、のよく知る不敵な笑みを浮かべてみせた。


「……あぁ。よろしくな、





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