花冠の節







 温室や中庭の花が目に見えて減っている、とはも言葉にせずとも感じていたのだ。

 もしや今節には自分が知らないだけで花々が必要とされる行事でもあるのだろうか、と小さな不安。いやそんなものがあるなら自分の耳にも入ってくるはず、と不安と同じだけの自信。それより今節の課題に向けていっそうの訓練に励むべき、といつも通りの意見。それらをない交ぜにした身体で、は花冠の節はじめての休息日を迎えた。


「お、。隣いいか」


 朝餉時。

 口では許可を窺いながらも、ユーリスは当然のようにの隣に腰を下ろした。

 聞く気がないなら最初から訊かなければいいのに、とパンをかじりながら少女は思う。呆れながら隣の少年を側目して、


「……………………今日のユーリスは美人だね」


 コメントに困った。


「は? 俺様は年中無休で美人だろうが」

「ああ、それはそう……なんだけど。……ここ」


 ちょん、と自らの頭の上を指し示す

 怪訝そうな顔をしていたユーリスだったが、その仕草で少女の意図を悟ったらしい。「ああ」合点した声を出し、調子に乗った子どものように口角を吊り上げる。


「もらった。いいだろ」


 白草の花冠。

 少年の頭上を飾るには些か可愛すぎる意匠にも見えたが、それすら己の華として魅せてしまえるのがユーリスの長所だ。


「誰に?」


 知らず止まってしまっていた食事の手を再開させつつ、は尋ねた。


「お。なんだ。おまえが俺のことを気にするなんて珍しい」


 ユーリスはひどく上機嫌で教えてくれた。


「おまえとも会ったことあるかな。青獅子の学級ルーヴェンクラッセの女子だよ。このユーリス様を見初めるたぁ、なかなか良い目をしてると思わねえか?」

「見初める?」

「花冠の節にゃ、乙女は花冠を編んで想い人に贈るってな。といっても、白い薔薇なんざこのご時世貴族でもなかなか手に入らねえし、代用品シラクサでも仕方ない。……おい、なんだその顔は。まさかこの伝承を忘れてたわけじゃねえだろうな」


 ユーリスによる追及の眼差しから逃げるため、は彼から身体ごと顔を逸らした。


「……なるほど」


 どおりで最近白い花が減ったわけだ、と一人得心する。

 も花冠の節の伝承自体は知っていたけれど、まさか実践する者がいるなんて夢にも思わなかった。自分がするともなれば尚更だ。花を摘む時間があるなら剣や槍を振り回しているのがだったから。


「……はどうなんだよ」


 依然疑わし気ながら、ユーリスの雰囲気がやや軽くなった。自らのパンをかじりながら、彼は言う。


「花冠やりたい奴、いねえの。一応女だろ、おまえも」

「……いるっちゃいるけど」

「は!? 誰!?」


 ユーリスは目を剥いてに向き直った。弾みで戴冠が外れて落ちたが、気にした素振りもない。一心にを見つめている。


「……ユーリスの知らない人」


 どうせ言っても分からないだろうと返した言葉に、彼は近頃で一番鋭い眼差しを向けてきた。


「言えよ」

「言っても分かんないと思うよ」

「もしかしたら知ってるかもしれねえだろ」

「ユーリスが知っててもどうするのさ」

がそいつに渡した花冠を、俺が奪う」

「……そんなに心配しなくても渡せないよ。死んでるから、父さん」


 は、とユーリスが短い息を吐いた。

 力尽きた猫のようにズルズルと脱力し、肩からに凭れかかってくる。顎近くに彼の頭をグリグリと押し付けられると、髪の毛が少しだけむず痒かった。


「…………親父かよ……」

「だからユーリスの知らない人だって言ったじゃん」

「おまえの言い方が悪い」


 けっ、と吐き捨てたユーリスの目は荒んでいた。

 自分が悪いとはまったく思えないけど、こういうときの彼は頭を撫でてやるとそれこそ猫のように目を細めて嬉しがるので、は手櫛で紫髪をすいてやった。


「私が知らないきみの友人はいてもさ」


 案の定の反応を見せたユーリスに、落としていた花冠を改めて乗せてやる。


「その逆はないよ」


 何かを思案するような間が空いて。
 ユーリスから掛けられる体重がなおなお増した。


「そーだよなー。おまえは昔から俺ぐらいしか友達いなかったもんなー」

「……重いんだけど。ユーリス」

「俺様の存在をありがたく噛みしめろよ。そしてもっと撫でろ」

「ご飯終わってからにして」






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