この花は咲くか





「王の話し過ぎじゃない?」


 今回の一件は、たぶん、私の不用意な一言から始まったのだ。











「…………」


 寝台から身を起こせば、右に清姫、左に静謐のハサンが寝転がっているのが視界に入る。それはまだいい。もう慣れた。慣れちゃいけないような気もするけど、慣れてしまったのだから仕方ない。いまはそれより、寝台を中心とした部屋全体に散らばる花々に頭が痛かった。


「……いつも思うけど、一体いつ来てるんだ。あのグランドキャスター……」


 私室で咲き誇る花々は、別にそこで根を張っているわけじゃない。ある男が歩いた跡は必ずこうなるのだと、リリイのアルトリアが教えてくれた。桜の花が満開のまま散っているようなものらしい。花の魔術師という異名は伊達ではない、ということだろうか。

 すやすやと目を閉ざしている清姫と静謐のハサンを起こさないように寝台から降りて、服を着替えてから、とりあえず部屋を出た。

 ――ここ数日、必ず花だらけの部屋で目を覚ましている。頼んだ覚えもなければ、心当たりもないのだが、どうしてかそうなっている。出会い次第詰問してやろうと考えているのだが、私が探せば探すほど花の足跡は見つからない。まるで逃げられているようだ。

 食堂に入ると、ガウェインやベディ、トリスタンといった円卓の騎士たちが先にいた。
 手を振って挨拶すると、それぞれの礼を返してくれる。私は王ではないのだから普通にしてくれていい、と何度も言ったのだけど、彼らは騎士としてある方が自然体らしかった。


「マーリンが、ですか」

「まだ確かめられてないから、一番可能性が高い犯人ってだけなんだけど」


 エミヤから朝食を受け取って、円卓三人の席に同伴させてもらう。

 ガウェインは真剣に考え込むように眉を寄せた。ベディは何故か苦笑する。トリスタンがはてと首を傾げた。


「マスターは花はお嫌いでしたか?」

「いや嫌いではないんだけど……あんなにいっぱいあるとちょっと困るかな……」


 一輪やそこらなら職員から花瓶を貰って飾るとかもできるのだけど、毎日花吹雪を散らされているようなものだ。パチンコ屋がオープンした初日じゃあるまいし、あんなに花ばかり残されても始末に困る。今までは女性サーヴァントにお裾分けしていたが、貰う側も花ばかりでは困るだろうし。


「だからマーリンにどうしてこんなことしてるのか聞こうと思ってるんだけど――ガウェイン。待って、待て。聖剣ガラティーンを持ってどこに行く気?」

「知己とはいえ、マスターを困らせるなど言語道断。あの花の魔術師、断罪して参ります」

「待て待て待て! そういうことは別に望んでない!」


 私が慌てて腰を上げると、「おや、マスター。お困りですか。えい、神明裁決」とたまたま通りがかった天草四郎がガウェインにスタンをかけていった。ガウェインが憮然とした顔で座り直す。天草にお礼を言いつつ、私は改めて話を戻す。


「何でこんなことするのか、本当に聞きたいだけなんだって。私が何かしたのかもしれないし、それだったら謝りたいし。でも何故か会えないから、マーリンの居場所知らないかなって」

「既知の間柄でも、あのお人は読めない男でもありますから……」


 ベディが宥めるようにガウェインを肩を叩きつつ、苦い笑いを溢す。

 だよねえ、と私は頬杖をつく。一応私だってマスターなのに、マーリンのことはさっぱり分からないのだ。マスターとサーヴァントは特別な絆で結ばれることも有り得るとは聞くが、彼と私に限っては適用されない例なのではないかとすら思い始めている。


「ただの気まぐれなら、まあ、いいんだけど。何か思うところがあった場合が気になってさ」

「……マスター。このようなことを申し上げるのは、非常に、心苦しいのですが」ガウェインがもごもごと続ける。「あの魔術師は――純粋な人間ではありません。我ら英霊も元は人間ですが、彼に限ってはそうではないのです。無用なこととは存じていますが、警戒を怠らぬようお願いします」

「……ガウェイン。それはだめだな。おーい天草」

「はい、マスター。えい、ツインアームチョップ」

「ぐわっ!?」


 ガウェインの背後に立つ天草が笑顔で彼の脳天にチョップを食らわせた。

 筋力Cの徒手とはいえ、油断していたところには効くだろう。天草が何食わぬ顔で去っていったのを見届けてから、私は机にめりこんでいるガウェインの後頭部を撫でる。


「いまはモーさんとも仲良くやれてるのに、どうしてガウェインはマーリンにキツイのさ」

「……あの花の魔術師は」机に顔を埋めたまま、ガウェインは言う。「ある種、敵でもあるのです」


 ガウェインの言葉を理解できず、私は両側のベディとトリスタンを見遣る。

 ベディはやはり苦笑していて、トリスタンは何故か微笑ましそうだった。どちらもはっきりした返答こたえをくれる様子はない。


「……まあ、無理に仲良くしろとまでは言わないけどさ。あんまり悪く言っちゃだめだよ」


 マーリン見つけたら教えてね、と彼らに伝えて、食べ終えた私は席を立つ。












 あ。これは夢だな、と思った。

 すぐにそう思ったのは、見覚えのない場所に立っていたからでも、触れたことのない空気に包まれていたからでもない。マーリンが見たことのない顔をしていたからだ。

 ――恋をしていた。
 そう、金髪の少女に告げられて。

 マーリンはいつものように飄然とした回答を返そうとして、できなかった。

 私は二人の傍らで、関わることもできず、ただ見守っている。

 きっとこの少女は、マーリンにとって特別な存在なんだろう。

 だって私が同じことをしても、彼にこんな顔は絶対させられない。

 ヒトデナシに初めて真っ当な瑕をつけた存在――アーサー王。
 その真名はアルトリア・ペンドラゴン。
 マーリンにとって、唯一無二の特別な少女。


 ――ふいに、マーリンが私に強い視線を向けた。











「参ったね。夢魔が夢に入られるなんて」

「……入ろうと思ったわけじゃないんだけどね」


 植物園のベンチで、私はマーリンに膝枕されていた。

 確か、マーリンを探している内にふわりと眠気に誘われて、もそもそと近くにあったベンチに横になったのだ。カルデアの中だし、一部を除いて危険はないだろうと思って、そのまま昼寝と洒落こんだのだった。


「どうせだし、感想でも聞いておこうか。私の思い出を見て、はどう思った?」

「……見られたくなかっただろうなって」

「ふむ?」

「だってマーリンにとっては、あれ、大事な記憶だったんでしょ」


 ――恋をしていた、と告げられて。
 マーリンはたぶん、そのとき初めて人間らしい感情を抱いた――否、人間になった。

 今までどんなことにも特別な感情を抱かなかった彼に、アーサー王は瑕をつけた。
 それはきっと、彼女にしかできなかったことだ。
 だから私があれこれ言うのも、思うのも、感じるのも全部間違い。

 マーリンはいつも上げている口角をふと下ろして、人形みたいな真顔で前を見た。


「……そうだね。代わりのきかない、大切な思い出だよ」


 だろうね、と私は呟く。

 私は現在いまを生きる人間。
 マーリンは永遠を生きる夢魔。
 相互理解なんて選択肢は、宇宙が始まる前まで遡ったってありゃしない。

 彼に髪を手櫛で梳かれるまま、私ははたと思い出す。


「ねえ、マーリン。何で最近ずっと私の部屋に花を撒き散らすの?」


 彼の表情にヒトの色が戻った。キョトンとして、マーリンは私と目を合わせる。


「……女の子というのは、誰でも花が好きなものだろう?」

「そりゃ好きだろうし、私も好きだけど。でも、あんなにいっぱい貰っちゃ逆に始末に困るよ。エレちゃんみたいに部屋が広いわけじゃないし」

「…………そうだったのか。トリスタンも案外あてにならない。アルトリアに迷惑をかけるわけだ」


 やれやれと言いたげに溜め息をついてから微笑したマーリンは、そっと私の両頬に手を当て、私を逃がさないようにしてから正面から目を覗き込んできた。


「マイロード。。きみの好きなものは何だい?」


 私はあっさりと返答する。


「マーリン」

「…………ん?」

「マーリン。マシュ。ダヴィンチちゃん――みんな好きだよ」

「そういうことを聞いたんじゃないんだけどなぁ……」


 呆れた顔をして、マーリンが私の両頬から手を離す。彼は虚しさを嘆くように空を仰いだ。


「……ガウェイン卿はいつもこんな気持ちなのかな。だとしたら私に敵意を向けてくるのもやむなしだ」

「何でそこでガウェインが出てくるの?」

「いやいや、人間とは七面倒な生物だと思ってね。それだけだよ」


 身体を起こし、私はマーリンの隣に座り直した。
 俯いてしまった彼の顔を覗き込むため、首を伸ばしてマーリンの表情を窺う。


「でも、楽しいでしょ? あんな塔に一人でいるよりはさ」


 マーリンはふっと口角を上げる。そして、当然さ、と彼は私の肩を抱いた。



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