家族と幼馴染の境界線上





「何ではずっと轟にくっついてるんだ……?」

「そして何で轟も平然としているんだ……?」


 訳が分からんぞ、とあと少しで折れるところまで首を傾げる上鳴と瀬呂。

 二人の視線が注がれる先では、轟焦凍の右腕に絡みつくがいた。右肩に頬をくっつけるようにしている様はまさにべったり、、、、という形容がぴったりだった。恋人然とした光景ではあるが、本人たちは無言の上に表情筋を一つも仕事させていない。轟が新手の抱っこちゃん人形を付けている、という方が納得できた。

 しかし現実として、くっついているのは人形ではなくクラスメートの一人だった。


「幼馴染ってあんな距離近いもんなのかな……?」

「いや違うと思うよ。少なくとも全ての幼馴染があんなわけじゃないよ」


 頬に両手を当てながら麗日お茶子が囁き声を漏らすと、耳敏く聞きつけた緑谷出久が即座に否定した。爆豪勝己と幼馴染である彼が言うと説得力が違う。麗日は認識を改めてから、再度轟とへと目を遣る。


「っていうか何でちゃんもくっついてるのかな? 昨日まであんなんと違ったよな……?」

「私が来たときにはもうあの状態だったわよ」


 蛙吹梅雨が淡々と述べると、緑谷と麗日は「何ですと」と表情を強張らせた。

 現在教室に居合わせているメンバーの中でもっとも早く登校してきたのは蛙吹だった。大雑把に計算して、と轟は一時間弱あの体勢ということになる。にわかに浮足立つ四人は顔を突き合わせ、誰からともなくこそこそと秘密会議を開始した。


「つ、ついに付き合ったんかな!?」

「でもどっちもそんな素振りなかったぞ!? いやほとんどカレカノみたいなもんではあったけど!」

「もしそうだとしたら僕はこれから二人にどんな顔すれば……!?」

「何で緑谷が動転してんだよ」


 そんな中、「おはよう!」と声高に挨拶しながら飯田天哉が入室した。轟もも打ち合わせでもしたかのように同じタイミングで顔を上げて「おはよう」と事も無げに挨拶を返す。飯田もそれに笑顔を溢して自らの席に向かい――その途中で円陣を作っている四人に出くわして、彼は首を傾げた。


「何をしているんだ? 緑谷くん。麗日さん。上鳴くん。瀬呂くん」

「あ! い、飯田くん、おはよう!」


「おはよう!」「おはよう!」と何かを誤魔化すように大声で挨拶する四人に、飯田はますます首を傾ける。


「……何か隠しているのか?」

「い、いやあ……隠してるっていうかモロバレっていうか……」


 麗日がごにょごにょ呟いてから「あれだよ」と轟との方を指差す。

 彼女の指先、その延長線上を水平線に至るまでばっちり確認してから、飯田は四人に向き直る。


さんと轟くんぐらいしかいないが、彼らはいつも通りじゃないか? ……はっ、まさか俺には見えないものがどこかに……!?」

「飯田、それそれ」


 見えてる見えてる、と瀬呂が飯田の肩を掴み、と轟を手の平で指し示す。

 飯田は一瞬キョトンとした。肩を組んできた瀬呂に無垢そのものの顔で確認を取る。瀬呂は笑顔でそっと頷いた。


「確かにいつもより距離がちょっと近いような気はするが……」

「ちょっと!? あれがちょっと!? 飯田おまえ気は確かか!?」

「俺は正気だぞ上鳴くん! 揺さぶるのは酔うからやめてくれ!」


 上鳴に胸倉を掴まれて、強制的にがくんがくん船を漕がされる飯田。

 まあまあと上鳴を緑谷が宥める。くしゃくしゃになってしまったネクタイを直す飯田に、麗日がひっそりと耳打ちした。


「いつも距離は近いけど、あそこまでじゃないでしょ。だから気になるねって話してたの!」

「? 気になるなら直接訊けばいいんじゃないか?」


 まさかの即断、かつマジレスに一同はちょっとだけ引いた。確かに正論なのだが、それができないからこそ思春期というものである。「む!? 何故みんな悟りを開いたような顔を!?」真っ直ぐ過ぎる生き様のせいでヒトより些か理解できていないらしい飯田はほぞを噛むような顔をして、しかしすぐに表情を引き締めた。くるりと踵を返す。


「――ならば、俺が聞いてこよう!」

「勇者かな!?」


 麗日の声を背に受け、飯田は轟の傍らまで歩み寄り「轟くん! さん!」声を掛けた。

 轟ももさも当然のように顔を上げ、飯田に目を遣る。


「どうかしたか」

「何かあったの、飯田くん」

「いつもと距離感が違う、と皆が心配しているぞ!」


 後半は要らない、と緑谷たち四人は泡を食った。

 対し、轟は「ああ」と思い出したように呑気な声を出す。


「今日は暑いからな」

「私、個性の関係で暑いのダメなんだよねー。なもんで暑い日はいっつもこうやって右側借りてるの」


 冷えピタみたいで気持ちいい、とは轟の右腕に目を細めて頬擦りした。されるがままの轟はもはや慣れ切ってしまったのか、眉一つ動かさない。

 四人はの個性を思い出した。確かに暑さには不利そうな個性である。近年は夏と冬しかない日本において、前者の季節ではが涼を求めるのも致し方ない。言われてみれば、彼女がくっついているのは氷を操る右側だった。

 得心した飯田は快活に笑った。


「なるほど! ありがとう!」

「悪かった。何か問題でもあったか」

「それなら私も名残惜しいけど離れるよ。名残惜しいけど」

「いや大事には及ばない! 気にしないでくれ」


 飯田の言葉に二人は「それならいいけど」と頷いて、また黙然と外を眺め始めた。
 四人の下に戻ってきた飯田は胸を張って「だそうだ」と言った。

 緑谷と上鳴が明るい顔色を取り戻したのに対し、麗日と瀬呂はより沈鬱な面持ちになっている。


「……つまりあれって、そういう関係でもないのにあれほどくっつけるということで……?」

「もはや恒例行事とばかりの言い草だったな……」


 二人が複雑な視線を向ける先では、轟の右腕に猫のように絡みつくがふにゃふにゃ笑っていた。マタタビを与えられた猫並に幸せそうなオーラを放っていた。

 轟はやはり平時の無表情のままで感情が読みづらい――かと思いきや、口角がほんの僅かに上がっていた。それを発見したとき、麗日と瀬呂に戦慄が走る。そのとき二人は不可侵領域を肌で感じ取ったという。



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