ストレー遠回り






「アヤックスが璃月の美人に騙されて帰ってきたってホント!?」

「語弊がありすぎる」


 そうだけどそうじゃないよ、と幼馴染は複雑そうに顔を歪めた。愛想笑いしようとしたけど相手が私だったから取りやめた、みたいな表情だった。


「ご近所に聞かれたらどうしてくれるの……と思ったけど、いまさらの言葉を真に受ける人もいないか」

「なんだとコノヤロウ。おじいちゃんは私のこと信じてくれるし」

のじいさんって俺たちがガキの頃からボケてるじゃないか」


 口喧嘩めいたやり取りを交わしながら、アヤックスの家の居間で、彼の近くに腰を下ろす。

 相手の家の鍵なんて有って無きが如し。近所で年の近い子どもが少ない世代だった私たちは、いつの間にか相手の家族公認で合鍵を貰っているのだ。

 二人で囲んだ暖炉の暖かさは、時間という蟠りすら溶かしてくれるようだった。といっても、どれだけ距離を隔てたあとでも、彼と話に詰まったことなんていままで一度もなかったけど。

 雪に囲まれた地元に顔を見せた彼は、しばらく見ない間にまた少し背が伸びていた。お互い成長期はもう終わったはずだけど、身長差が年々広がっていくのはどうしたことか。アヤックスが大きくなっているのか、私が縮んでいるのか。どちらにせよなかなか業腹である。


「……あれ? アヤックス一人だけ? テウセルは? アントンは?」

「いまは俺のお土産たちと遊んでるよ」


 嘯いたアヤックスの横顔は唇を尖らせていた。お土産を喜んでくれるのは嬉しいが、それはそれとして自分を蔑ろにされると寂しいといったところか。


「そういえば、コレ。の分のお土産」


 気安く伸びてきた手が、私の膝の上にポトリと箱を落としていく。

 小さな木彫りの箱。
 申し訳程度に結ばれたリボンがウサギの耳のように立っていた。


「やった! ね、開けていい?」

「お好きに。きみ宛のお土産だからね」


 アヤックスが家族のついでに寄越してくれるお土産は、娯楽の乏しいこの雪の町からなかなか出られない私にとって、かなりの楽しみになっていた。

 以前のスメールで手に入れてくれた本を越える一品であることを祈りつつ、ウキウキとリボンをほどいていく。


「そういえばさっきの、誰に聞いたんだ?」

「さっきの?」

「璃月の美人どうこうってやつ」

「トーニャから」

「……トーニャに鍾離先生の容姿について話したっけな?」

「外見について言及しないからコレは間違いなく美人だ、って言ってたよ」

「うわ女の勘こわ


 たしかに美人だろうけどね、と隠そうともせず苦虫を食い潰すアヤックス。彼の人生でも指折りの煮え湯を呑まされたと見た。

 ──と、リボンがほどけた。蓋が開く。


「……なにこれ?」


 箱の中には、また箱があった。

 外側より一回り小さい。違いはそれぐらい。

 まだ開けるのか、と矯めつ眇めつしてみるけど、指を引っかけられそうな箇所は見当たらなかった。

 不思議がる私がお気に召したのか、アヤックスはニヤニヤと口角を上げていた。


「璃月港で見つけたんだ。木彫り細工っていうんだって。まあ、パズルだね」

「は? これがパズル? ただの箱じゃん」

はまだまだ見る目がないねえ。ほら、ちょっと貸してみな」


 一回り小さい方の箱をアヤックスに渋々投げ渡す。それを受け取った彼の指が滑るように動いた。箱を構成していた柱を一つ抜いてみせたのだ。


「……え。ちょ、え!? いまの何!? どうやったの!? どうなってるのコレ!?」


 慌てふためいて身を乗り出した私がそんなにおもしろいのか、アヤックスは満足そうに喉を鳴らしながら箱を、そこから抜いた柱ごと投げ返してきた。


「璃月でも限られた職人しか作れないって評判の代物なんだ。せいぜい悩み抜いて解いてみせてよ」

「あー……そっか、これがこうなってて……だったらそこが……あっ、ここも取れる!」

「……? 俺の話聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

「絶対聞いてないときの返事じゃないか」


 アヤックスは一転して頬を膨らませた。我が幼馴染ながら表情がコロコロ変わるものである。

 ───しかし、さっき気付いたのだけど。

 手中の箱を軽く耳元で振ってみる。やっぱりそうだ。中で何かが転がる音がする。


「アヤックス、この中に何か入ってる?」

「お。ご明察だよ、

「このサイズなら……前に買ってきてくれた飴とか?」

「ふふ、なんだろね?」


 アヤックスはどことなく楽しげに頬杖をついた。


「次に俺が帰ってくるまでに開封できるといいね、

「舐めないでよ。アヤックスがまた外に行くまでに解き明かしてやるから」

「それはいい。俺としても返事は早い方が嬉しいから」


 返事? 何の? 私が首を傾げても、幼馴染は楽しそうに微笑するだけだった。彼が帰ってくると聞いたテウセルとよく似た表情になっていた。

 ……結論から言えば、この勝負はアヤックスに軍配が上がった。

 私が木彫り細工を解き明かす頃には、スネージナヤも春を迎えていた。










 馬車から降りてきたアヤックスは、路地で待ち構えていた私の姿を目に留めるなり「!」と楽しそうに声を上げた。重たそうな荷物を軽々引き連れて、残雪を踏みしめながら駆け寄ってくる。


「きみがいるってことは、トーニャはちゃんと伝えてくれたんだね。さすが俺の妹だ」アヤックスは挑発するように笑った。「それで、どう? 箱は解けた?」


 私は鼻を鳴らして応じた。

 コートのポケットからつまみだしたそれを、アヤックスの眼前に突き付けてやる。日差しを反射してキラリと光るそれは、指輪だった。


「やるじゃないか」


 アヤックスは爽快に称賛してくれた。


「で、返事は?」

「前も思ったんだけど、それって何の返事? 手紙ならちゃんと返してるよね」


 スッ、とアヤックスの笑みが引っ込んだ。彼は真顔で宣う。


「……本気で言ってる? だったらきみ、相当のバカだよ」

「おまえも相当の失礼だけどな」


 いつものように軽口を返そうとしたのかアヤックスは口を開けて、しかし何も言わずに溜め息をついた。私から指輪を摘まみ上げると、


。手袋外して」

「え。ヤだよ。寒い」

「いいから。片方だけだから」


 ほらはやく、と急かされる。

 仕方なく右手の手袋を外そうとしたら「こっち」と左手を示された。

 手袋を外した途端、スネージナヤの寒気が指の間を這い上がってきた。瞬時に腕の肌が粟立つ。生まれ育った故郷とはいえ、慣れないものはあるのだ。

 アヤックスは私の左手首を掴んで、自分の胸元まで持ち上げた。


「返事っていうのは、こういうことだよ」


 するり、と薬指に嵌められる指輪。

 あの箱から出てきた指輪。
 数ヶ月前から渡されていた指輪。


「分かった?」


 ……痛いほど分かりました。アヤックスからじっと見つめられて居たたまれない気持ちになる。


「もう一度聞くよ、。返事は?」


 意味が理解できてしまうと、なんて傲慢な態度だろうと思った。

 指輪なんて贈ってくる時点で断らせるつもりないくせに!






top |

inserted by FC2 system