ご用意されたし、と光は願った






 ご用意されませんでした。

 終わり終わりぜんぶ終わり。人生解散。ところでGプラスくんやる気ある? ここ半年、一度もご用意されてないんだけど? そろそろ無在庫販売を疑う。

 通知メールが表示されたデュエルディスクの液晶を前に、ぐったりと項垂れる。

 いいなあライブ行ける人いいなあ。私の分まで楽しんでくれるといいなあ。

 あーあ、と切り替えるための溜め息落として、机に預けていた上半身を持ち上げる。

 今日だけはSNS見ないでおこうかな。フォロワーが当選報告してたらうっかり恨み言を漏らしてしまいそうだ。他人の幸福を妬むのってよくない。明日には素直に祝福できるだろうし、それまで遠ざけておこう。

 こういうときは別アプリを起動する。
 ゴハカリとかいいよね。たまにお得な買い物できたりして。


「……は?」


 思わず声が出た。

 どうして ライブチケットが 転売されてるんです?

 考えるよりはやく通報通報通報通報通報!

 推しのイベントを転売ヤーに消費されるとか我慢できないんですけど!

 金額の上乗せもといお布施は推しの懐にねじ込むから楽しいんですけど!

 うおおおおお、と使命感に燃えてポチポチしまくっていたら教室の外から黄色い声が雪崩れ込んできた。


「きゃー! ロアさまー!」

「一小でお姿を見れるなんてラッキー!」

「久しぶりの登校姿も麗しいわ……!」


 私は全力で廊下へ駆け出した。

 既に廊下は大勢の女の子で押し合いへし合いになっていた。どうにか彼女らの脇を抜け、校庭に面する窓の端っこを覗き込む。

 決して快適とは言えない環境だったけど、その背中を見ただけで何もかもどうでもよくなってしまった。

 霧島ロア。

 私の推し、ロアロミンのボーカル。


「おはよう、お姫様たち」


 彼が軽く手を振っただけで、窓へ押しかけていた女の子たちが一斉に歓喜の悲鳴をあげる。当然、私もその例に漏れない。


「いまの私に笑ってくれた!」

「違うわ、私よ!」

(手を振ってくれたのは私にだと思う!)


 あっという間に掴み合いの喧嘩に発展した少女二人の横を抜けつつ、内心だけで主張して私は教室へ舞い戻った。

 居残っている男子たちの影響か、教室はどことなくやさぐれた空気になっていたけど私には関係ない。席に座る心はとても穏やかだ。

 やっぱり推しって健康に良い。

 おかげで通報に励むモチベーションが限界までチャージされた。

 ポチポチポチ。滅べ転売ヤーの念を込めてポチポチポチ。












「あれ、ロアは?」

「あそこ」


 ロアロミンの練習に赴いたロミンがスタジオで彼の姿を探すと、ウシロウが簡潔に教えてくれた。彼の指が示した先では、スタジオの端っこで丸まってデュエルディスクの液晶を見つめている少年が一人。


「ロア。何してるの? 練習しないの?」

「先に始めてて」


 ロミンが声をかけても、ロアは振り向きもせずに言った。

 なにあの態度、と頬を膨らませたロミンの肩を軽く叩いた月太がかぶりを振る。


「ロミン。いまのあいつには何を言っても届かねえよ」

「え、なんで?」

「推しの配信見てる」

「はあ?」


 ロミンはますます顔をしかめた。

 訝しんだ彼女は気配を殺し、こっそりとロアの後ろに近寄っていった。彼に気づかれないように慎重に、彼の持つ液晶を共に覗き込む。

 FPSゲームの画面が表示されている、が音声はゲーム以外のものも混ざっていた。ロミンの知らない少女の声だった。


『やった、勝った! わー、みんなおめでとうありがとう! みんなのおかげで勝てたよー!』


 ロアの指が高速で動いてコメントを打ち込む。「おめでとう」の後に、いとこのロミンでも未だかつて渡された覚えのないにっこり笑顔の可愛らしい絵文字。


(ロアって絵文字とか使えたんだ……)


 ロミンが斜め上の感心で呆けている間にも少女の声は続いている。


『今日はショックな出来事があったから勝てるか不安だったけど、よかったよー。……うんそう、また推しのチケットがご用意されなくて。あはは、流れ星さん私のこと分かりすぎでしょ』


 ロアがコメントを拾ってもらった『流れ星さん』に対抗心を燃やしたのが、ロミンにはありありと分かった。また彼の指がキーボードの上で動く。


『ってうわ赤スパ!? ビックリしたー。マイクさんいつもありがとうだけど、ほんと無理とかしないでねー』

(金の力でゴリ押すな!)


 ロミンの声にならないツッコミはロアに届かなかったようで、コメントを拾われた彼の不機嫌はたやすく溶けていった。


『で、そう。マイクさんの言う通り。めちゃくちゃショックだったけど、今度こそ! 今度こそ絶対現地行きたくて! ご用意されるならGプラスさんに土下座する勢いだよ!』

「……ロアロミンのチケットなら俺様があげられるのにな……」


 ロアがひどく残念そうに独り言ちたものだから、ロミンはつい口を挟んでしまった。


「あげたらいいじゃん。ちょっとズルだけど」

「ってうわロミン!?」ロアは驚いて身を引いたあと、すぐに余裕を取り繕った。「……や、彼女の推しが誰か分かんないし」

「ロアロミンの話じゃないの?」

「たぶんね」


 そうならどれだけよかったか、とロアは肩を竦める。

 彼には珍しく真剣に残念がっているようだ。ロミンは多少驚いた。


『まあね、完売はいいことだし。転売ヤーは絶許だけど! 推しよこれからもずっとめちゃくちゃ活躍してくれ~! って感じな今日はこの辺で! みんな、じゃあねー』





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