諦観





 私の家は、そんなに有名ではないけれど、解るヒトには解る程度の魔術師の家系。堂々と自慢しようにもしづらくて、謙遜すると皮肉かと言われる、この微妙さである。

 くわえて、居を構える冬木には、遠坂という──魔術師としては最高ランクの名家が存在した。どうしたって私の家の功績は、遠坂の名に霞んでしまう。

 何を成したって、どれだけ努力したって、結局は全て無視される。私はずっとそんな環境に居た。
 だからだろう、私の意識から『魔術師』というモノが徐々に薄れていったのは。

 両親も祖父母も根源に至ることばかり考えていて、私個人のことなんて知ったこっちゃなかった。彼らには、魔術師としての名誉しか頭にない。私に魔術刻印を継承させたのだって、単に自分たちには根源に至る為に必要な時間も才能もないから。それだけ。いつか、私か、それ以降の親族が根源に到達すればいいと──あまりにも浅はかな希望を込めているだけ。

 昔は誇らしかった、両足に刻まれた魔術刻印。いつからか、それはただの縛鎖に変わっていた。
 どう足掻いたって叶えられない希望を実現するために浪費される、私の人生。ああ、これほど無駄なモノがあるだろうか。

 ──あるとき、家族が全員死んだ。冬木の大火災に巻き込まれた、突然の死だった。

 私はそのときたまたま、イギリスの時計塔を訪ねていたから難を逃れた。訃報を聞いてすぐに帰国して目の当たりにしたものは、変わり果てた実家だった。
 広かった屋敷はすっかり燃え尽き、そこで暮らしていたヒトはただの炭と化していた。私の大切なモノは──大切だったモノは、全て灰に帰していた。

 そうして初めて、私は自由を得たのだ。



   








「……ふうん。遠坂さんもお父様を失ったの」


 遠坂家の次期当主。
 凡人とはかけ離れた、途方もない才能と運命を持ち合わせる者──遠坂凛。

 彼女と私は同じ小学校に通っていたから、『魔術師』としての付き合いがなくともお互いを知っていた。『魔術師』としては、家が遠坂家に随従していた──とだけ言っておこう。

 ──馬鹿馬鹿しい。まるで小判鮫だ。生きる為に最低限のおこぼれしか貰えないのに、懸命に引っ付いているなんて。


「ええ。けど、お父様は優雅に魔術師として戦ったんだもの。誇りこそすれ、嘆くことはないわ」

「……そっか」


 遠坂凛は、よく出来た少女だった。幼い今ですら、完成しかけた魔術師だ。あと一歩成長したとき、彼女は他の追随を許さぬ、孤高の魔術師となるだろう。

 学校の屋上で、遠坂凛と話す時間は気楽だった。少なくとも、ヒトの目を気にしなくていい。遠坂凛は聡明な少女だったから、妙に子供ぶる演技をしなくて済んだ。


「私より、よ。貴方、御家族──その、失ったんでしょう。……大丈夫なの?」

「うん。魔術師、やめるから」

「──え」


 遠坂凛が瞠目する。


「ちょ──ちょっと待ちなさい。魔術師を、やめる? そんなことしたら、の家系が──」

「途絶えるだろうね。でも仕方ないよ」

「し、仕方ないって……」

「うちは遠坂みたいに魔術師としての交友関係が広いわけじゃないから、私の後見人になってくれる、くわえてうちが魔術師だった事情を知るヒトはいない。私一人で研鑽しても、いずれその成果をどこかの大人に横取りされる。なら──」


 ──捨ててしまうのが一番なのだ。うちの魔術を流出させない為には、それしかない。

 ここまできて『魔術』の保管を優先させている自分の思考に吐き気がした。腐っても魔術師、ということか。幼少から刷り込まれた意識は、そう簡単には排除できないらしい。

 私の説明を飲み込めないほど、遠坂凛は頭が足りていないわけではない。けれど彼女はいつまでも、釈然としないと言いたげな顔で私を睨めつけてきた。


「……でも、には魔術師としての才覚があるわ。それまで捨てるの?」

「それは買い被りだよ、遠坂さん。私に魔術の才能なんてない」


 私はかぶりを振って、凭れていた落下防止の柵からそっと離れる。柵に腰かけていた遠坂凛が振り向いた。


「……じゃあ、これから貴女はどうするの?」

「孤児として、教会に保護されるよ。だからまあ──魔術協会から聖堂教会に寝返る形になるのかな」

「ちょっと待ちなさい」


 が、と遠坂凛に肩を掴まれた。思わず振り返れば、似合わない焦燥の表情を浮かべる遠坂凛。


「あ、やっぱり魔術協会を裏切るって遠坂さんには納得できない? でも、しょうがないんだよ。だって、私みたいな子供一人じゃ──」

「──違うわ。そんなことじゃなくて、貴女──」


 この少女魔術師、魔術協会から離反することを『そんなこと』扱いしおった。


「──どこの教会に保護される予定なの?」

「冬木の言峰教会だよ。ほら、遠坂さんも知ってる、坂の上の」

「……そう」


 掴まれたときの力強さが信じられないほど優しく手を離される。
 ふう、と溜め息をついて、遠坂凛は微笑した。


「まだ私と貴女の縁は続くみたいね。

「え? あ、うん。そうだね。同じ冬木に住んでるしね」

「……まあ、意味はその内解るわよ」


 その後、しばらくして──具体的には私が言峰教会に居を移してから、数日後。

 父を亡くし、錯乱状態の母を介護する遠坂凛の後見人が、私の現保護者と同一人物という事実を知ることになる。




top | Next

inserted by FC2 system