傍観





 ──まあ、確かに。
 私と遠坂凛は腐れ縁──所謂幼馴染みではあるのですけど。


「かといって、私が遠坂さんの弱味を知っていると思われるのは、あまりに的外れです。間桐くん。どちらかといえば、私が弱味を握られる側です」


 ですので、申し訳ありませんがお役には立てません。そう言って頭を下げれば、ばん、と私の机が強く叩かれる。頭を上げるのがあと一歩遅ければ、私の頭が危なかった。


「はあ!? そんなんでよく遠坂の幼馴染みなんて言えたね! 普通、一つや二つ知ってるもんだろ!」

「一つ知った瞬間、十を知られる相手なものですから。こちらが何も知らなければ、あちらも何も突っ込んでこないという結論に至りました」

「……ほんっと、言峰って役に立たないね! 遠坂の腰巾着って呼ばれるのも納得だよ!」

「申し訳ありません」


 私はまた頭を下げる。

 何らかの要因によって、遠坂凛に反感を抱いたらしい間桐慎二は、昼休みが始まるや否や私に詰め寄ってきた。曰く、遠坂凛の弱味が知りたい。そんなもん、私も知りたい。

 こんな程度で弱気になっていたら、遠坂凛との腐れ縁は続いていないわけだが、どれだけ罵倒しようと、まったく凹まない私の様子が気に入らないらしい。間桐慎二はさらに攻撃的な言葉を捲し立ててきたが、暖簾に腕押し、馬の耳に念仏。私はさっぱり聞き流すことにした。だって、そろそろ彼が教室に帰還する筈で──。


「慎二、そこまでにしとけよ」


 ほら、お出ましだ。

 私と間桐慎二が同時に視線を向けた先には、衛宮士郎が工具箱片手に立っていた。


「──衛宮か。部外者は口を挟まないでほしいな。これはボクと言峰の問題なんだから」

「途中からだけど、話は聞いてた。言峰が本当に遠坂の弱味を知らないのかどうかは解んないけど──俺だって、誰かに慎二の弱味を教えろって言われたら断るぞ。言峰だって同じだろ」

「ぐ──」

「だから、その辺にしとけって」


 間桐慎二は私と衛宮士郎を忌々しげに一瞥してから、取り巻きたちの元へ戻っていった。それを見届けてから、私は今度は衛宮士郎に頭を下げる。


「ありがとうございます、衛宮くん。おかげで助かりました」

「気にすんなよ。こっちこそ悪いな。慎二は、悪い奴じゃないんだけど……」

「アレが彼の味だということは理解しているつもりです。衛宮くんこそ、お気になさらず」


 軽く微笑すれば、衛宮士郎も笑ってみせた。


「言峰には敵わないな」

「ご謙遜を」


 ふふ、と私たちは笑い合った。



   







「ただいま戻りました」


 教会に帰還する際、私は必ずそう声をかける。保護者である神父でなく、別の同居人による躾だ。

 が、その同居人も神父もいまは留守のようだ。いつもふらふら出歩いている同居人はともかく、神父まで留守とは珍しい。


「おぉ、嬢ちゃん。おかえり」

「──ランサーさん。いらっしゃったんですか」


 不意に横合いからかけられた、若い男の声。
 どこから現れたのかも不明瞭な、青い彼は軽く苦笑してみせる。


「いらっしゃいましたよ。お、晩飯は肉じゃが?」


 そう言いながら、ランサーは私の手から買い物袋をさりげなく奪ってしまう。中を確認されてしまえば、言い訳の余地はない。


「……えぇ。昨晩、ギルが食べたいと言っていたので。肉じゃがと野菜炒め、大根の味噌汁の予定ですが、よろしいですか?」

「文句なんてないっての。嬢ちゃんの飯は美味いしな」


 多少手つきは乱暴だが、行為に込められた感情は悪いものではない。わしゃわしゃと頭を撫で回されても、私に拒否する理由はなかった。

 ──ランサーはある日突然、神父に連れられてやってきた。
 未だに神父やギルには刺々しい態度を取ることが多いが、三日もしたら私にはくだけた対応をしてくれるようになった。……どうしてなのかは、考えないようにしている。

 だって、気付かない方がいいに決まっている。
 神父やギルが良からぬことを企んでいることも、ランサーがおよそまともな人間ではないことも。

 全てに気付かないフリをしていた方が、みんな喜んでくれるのだから。


「──恐縮です。ランサーさんは、今晩もお出かけになりますか? そうなら、夜食を用意しますが」

「いやい……あー、うん。夜食、頼めるか? 嬢ちゃん」

「はい。では、夕食後までに用意しておきます」


 ──知っている。
 こんな歪な日常が、いつまでも続かないことなんて。



back | top | Next

inserted by FC2 system