ボクの見当はにとっては予想だにしなかったモノらしく、彼女は悄然とした。
「借り……物……」
図星というよりは、不意をつかれた顔色をしていた。
……出来れば「ハズレ」と笑ってほしかった。しかしの反応を見るに、当たらずとも遠からず――あながち外れと言い切れない答えのようだった。真相の端っこぐらいは掠めたのかもしれない。
ボクは失望を禁じ得なかった。これほどのオーラの持ち主を前に、楽しむ手段が封じられたも同然だったからだ。ボクはただをいたぶりたいわけじゃない。全力を出した彼女こそを壊したかった。
これほど無防備を晒した彼女の顔を見れば、が戦闘の達人でないことは誰にだって分かる。もはやはボクを警戒する余力も残っていないようだった。素人が突然強大な力に目覚めたなんて話よりは、第三者に貸し与えてもらったという説の方が受け入れやすい。誰だか知らないけど、悪趣味な奴もいたものだ。
は震える唇をそっと開いた。
「……オーラを借りるなんて……有り得るんですか」
知らず瞳孔が細くなる。あれほど焦がれた果実は幻想だったかもしれない。
「ボクも聞いたことがない」だけど、と付け足した声から温度が消える。「有り得ない話じゃない」
は俯いて、音もなく拳を握った。生理的に必要な瞬き以外で、その開かれた眼が閉じることはない。彼女は無言で床を見つめていた。思案の海に沈んでいく少女から、ボクはそっと一歩引いた。
もはやがボクの期待する果実でないことは明白だった。我ながら愚考だった、と嘆息しそうになる。天空闘技場でのの戦いぶりを思い出せば、彼女が戦闘に慣れた者の身のこなしをしていないことは如実だった。オーラの総量ばかりに目を取られ、正常な判断ができなくなっていたのだろう。
諦めなければならないと分かっていても名残惜しくて、去る前にもう一度のオーラを目に焼き付けておこうと思った。これほど綺麗で、澄んでいて、かつ地獄の業火のようなおぞましさを感じさせるオーラは早々お目にかかれるものではない。ボクは悲嘆しながら顔を向けたとき、は抑揚のない言い方で囁いた。
「探さなきゃ」
その一言に、ボクはハッとした。
そうだ――借り物であれば、このオーラをに貸し与えた人物が存在する筈だ。どうして彼女にオーラを貸したのかは分からないけど、その人物はボクが求める果実足り得るのではないか。
「……探す……方法……」
そう呟いたきり、はまた黙り込んでしまった。
彼女のオーラ――その本来の持ち主。煉獄を彷彿とさせるこのオーラを鍛工した人物は、どんな存在なのだろう。これほどのオーラを一朝一夕で持ち得るわけがない。血も汗も出し尽くし、人間としての枠すら超えかけて、やっとこの境地まで至った筈だ。想像しただけで胸が躍る。
「会いに行くの?」
ボクが質問を投げかけると、はハッとしたように顔を上げた。その顔色はすぐに曇り空に似てしまう。
「……そのつもり、だったんですけど……どうやって会えばいいのか……」
少女の言葉はそこで途切れてしまったけど、最後の一言が何だったかはおおよそ見当がついた。「分からない」だろう。彼女はそれを口にするのが自覚的か無自覚かはともかく、きっと恐れたから避けたのだ。
は先刻「欲しくなかった」と言った。額面通り受け取るならば、彼女が望んで手に入れたモノではないのだろう。ボクにすれば惚れ惚れするほどのオーラだが、それほどのチカラが本人の意思に関わらず振るえてしまう状態というのは、他者が思うより薄ら寒いのかもしれなかった。
彼女が望んで手に入れたわけではないのなら「どうやって会えばいいのか」なんて弱気な言にも釈然とする。腰が引けているのではなく、相手に会う方法を自身把握できていないのだ。
「――手伝おうか」
申し出は、ほとんど無意識に告げていた。
が弾かれたように顔を上げる。信じられないと言いたげな眼でボクを見据えてくる彼女に、にっこりと笑いかけた。
「キミ、困ってるみたいだし。放っておくのは忍びない」
――無論、本心ではなかったのだけど。
「…………」
あまりにも分かりやすい嘘だったからか、は氷のように冷たい目になった。問い質すまでもなく、信用されていない。ボクはやれやれと肩を竦めた。
煉獄に似たオーラの、本当の持ち主。そんなもの――そそられるに決まってるじゃないか。
知らず口角が大きく吊り上がった。
「条件はあるけどね」
「……条件?」
「そ。がそのオーラの持ち主に会うとき、必ずボクも連れて行くこと」
これだけだ、と証明するために人差し指のみを天井に向ける。
は温度を取り戻した目でボクの指を凝視してから、彼女も同様に指を一つだけ立てた。
「分かりました。……だけど、此方からも条件があります」
戦闘能力はともかく、やはり頭の回転は悪くない。内心面白くない心地だったが、表面上は明るい笑顔を保った。ボクは努めて無邪気に首を傾げてみせる。
「何だい?」
「もし、かの持ち主と戦うのであれば、私の話が終わってからにしてください」
目的が読まれる程度は想定内。条件付きとはいえ、戦闘の許可が下りただけでも僥倖と思うべきだろう。「戦うな」と言われたとしても、こんな口約束程度、歯牙にもかけないつもりだったが。
はきっとボクを睨みつけてきた。彼女の意思に呼応しているのか、オーラが徐々に深く、濃くなっていく。ぞくりと背筋が粟立った。仮の持ち主である彼女でこれほど興奮させてくれるなら――本来の持ち主に会ったときの絶頂は約束されたようなものではないか。
「分かったよ」
ボクが笑いかけると、の表情はわずかに強張った。
うん。やっぱり信用されてないな、これ。