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「借り……物……」



 ヒソカの発言を呆然と復唱する。

 私が纏っているのだから私のモノだとばかり思い込んでいたが、しかし成程、可能性としては充分に有り得る。私は念を身に着ける為の修行や試行など一切していない。先天的に念――分類としては『発』――を振るえる者も存在するそうだが、私は生まれつきこんなチカラを持っていたわけではないことが自分自身の記憶によって証明できる。後天的なモノであることは明らかだが、そのための努力を微塵も行っていない以上、これは誰か別人のモノではないか―――ヒソカの推論はむしろ現実的でもあった。

 けれど、それはそれで疑問が生じる。
 私はこの世界に、知り合いなどロクにいないのだ。真っ当な神経で勘定できるのはイザベル一人、狂った神経で今まで顔を合わせた人物、いま相対しているヒソカまで含めても三十人以下だろう。その中に念を与えて――ヒソカの言を用いるならば、貸してくれるような人物など思い当たらない。

 借り物だとしたら、誰が、何の目的で、私を選んだのか。無意識にぶるりと身震いした。何者かが意図したように私は転がされているだけなのではないかという想像が、どうにも薄気味悪くて仕方なかった。



「……オーラを借りるなんて……有り得るんですか」

「ボクも聞いたことがない。――だけど、有り得ない話じゃない」



 ヒソカの返答は直截だった。私はぎゅっと拳を握り、不意打ちで麻痺しかけた頭脳を回転させる。手の平に爪を食いこませ、痛覚を作動させて思考回路を叱咤する。

 借り物という言にも疑念の余地はある。だけど、見当する価値のある推論だ。少なくとも、何処を目指すべきかも分からない現状では有力な説だろう。

 もし名も知れぬ第三者が私にオーラを貸し与えているのなら――必然、その人物は知っていることにならないだろうか。私が何故この世界に来る羽目になったのか。どうして私に身に余るチカラを与えたのか。私がどうしてこんな目に遭わねばならなかったのか。



「探さなきゃ……。……探す……方法……」



 その人物がいるかどうかは、いま考えても意味がない。存在する前提で考える。

 もし、斯様な人物がいるのならば。私の進退についても知っていると思っていいだろう。では、どうやって問い詰めれば――会えばいいのだろうか。言葉をぶつける方法は、幸い手紙でも電子メールでも通話でも可能な世界だ。相手を如何様に特定するかが肝要とすべきだろう。手紙をしたためたところで、届ける先が分からなければ無意味なのだから。

 では―――どうやって?
 相手の声も顔も特徴も、探すのに必要な手掛かりは何もない。存在すら「いるかもしれない」程度の相手を、どんな方法で探せばいいのだろうか。



「会いに行くの?」



 思考が行き詰って悩む私に、ヒソカの問いが向けられた。

 それで現実に引き戻された。いつの間にか彼は私から離れていて、階段を上りかけているところだった。



「……そのつもり、だったんですけど……どうやって会えばいいのか……」



 誰が貸してくれたかも定かでなければ、相手の見当すらままならない現状である。悲嘆には過不足ない状態だろう。知らず視線が再び床へ向かう。

 何でもいい、私にオーラを与えそうな人物は、存在はいないか。頭痛がきりきりしてくるほど記憶を漁ったが、残念ながら思い当たらなかった。この世界には家族はおろか、今日イザベルに会うまでは知り合いらしい知り合いすらロクにいなかったのだから当然ともいえた。私に思い入れるような存在が、この世界にはいない筈なのだ。



「手伝おうか」



 またも予想だにしなかった不意打ちを受けて、私は反射的に彼を見据えた。
 笑顔の仮面を被り直した奇術師は言う。



「キミ、困ってるみたいだし。放っておくのは忍びない」

「…………」



 心にもないことを、とは思ったが口には出さなかった。申し出自体は非常にありがたい――ありがたすぎて胡散臭いほどだ。ここで余計なことを言って一人で苦戦するよりは、念に精通したヒソカに仮初めであっても味方でいてもらった方が得策だろう。

 しかし一概に信用できた話でもない。彼の目的はさっきまで私と戦うことだった。それがこうもあっさりと矛先を変えるなど、怪しくてたまらない。何か良からぬことでも思いついたのだろうか。そうであるならば見極めるつもりでじっと彼を見つめると、ヒソカは大仰な仕草で首を縮めた。



「条件はあるけどね」



 やはり、という言葉は唾と一緒に飲み込んだ。



「……条件?」

「そ。がそのオーラの持ち主に会うとき、必ずボクも連れて行くこと」



 ぴんと立てられた人差し指が、彼の要望がそれ一つだけであることを示していた。

 このオーラの持ち主――いたならの話ではあるが――にヒソカは会いたいのだろうか。話の流れから推すに、私でダメだったからオーラの持ち主に標的が変わったのかもしれない。戦闘狂である彼の性格的にも可能性が高そうだった。

 このオーラの持ち主。どんな人物かは未だ霧中だけど、素人目にもこのオーラは大したものだとは感じる。きっと並大抵の人間ではない筈だ。責務を押し付けるようで気は引けるが、元を辿れば原因はそちらなのだからと自責の念を振り切る。



「分かりました。……だけど、此方からも条件があります」

「何だい?」

「もし、かの持ち主と戦うのであれば、私の話が終わってからにしてください」



 相手が――あるいはヒソカが殺されて、結局無駄足になってしまったなんて事態は避けたい。前者は勿論のこと、後者であっても相手が警戒心を持ち、私にまで刃を向けてきたら……想像しただけで心臓が縮み上がる。死にたくない。その一心だけで私はここに立っているのだ。

 可能な限り強く睨みつける。ヒソカは数秒ほど視線を虚空で泳がせてから「分かったよ」と怪しく笑った。

 私がこの世界に来る羽目になった経緯同様、彼の目論見も分からない。私の推測がとんだ的外れである可能性だって理解している。それでも頼れるアテがあるのなら、少しでも活用したいと思うのが人情だろう。

 一人で足掻き続けるのは、死んでしまいそうになるほど寂しいものだ。
 ……それを紛らわす為に利用するのがヒソカだなんて、我ながら狂ったかと疑ってしまうけど。



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