「一つ、テイクアウトで」
「おかえりくださいお客様」
ここ、そういうのやってないんで。
……と伝えてうんそうですね失礼しましたと頷くひとなら、最初からそんなこと言ってない。相手の人間性を、僕はきっちり理解していた。なにせ付き合いの月日だけならそろそろ二桁だ。
一向にお帰りくださらない、どころかますます眼鏡のレンズを発光させて圧をかけてくる黒ずくめの男に、僕は溜め息一つで話ぐらいは聞いてやることにした。
「───お久しぶりです。絵心先輩」
「うん。久しぶり」
彼はあっさり返して「ついでにコーヒー一つ。ブラックでいいよ」と人差し指を立てた。
「そっちがメインのがよかったっすね……ここ喫茶店なんで」
三百円です、とタッチパッドのレジを叩けば「原価割ってるような、趣味の店だろ」なんて言葉と共に渡される五百円玉。二百円を返す僕の手付きは知らず雑になってしまった。
珈琲豆の匂いがふんわりと漂うクラシックな店内は、たしかに僕の趣味一つですべてが構成されているけれど。誰にも迷惑はかけてないんだから、いくら恩があるったって、高校の先輩だっただけの男に呆れられる筋合いはない。
僕はレジから離れて、カウンター内のミニキッチンで豆をゴリゴリ挽いていく。
隠れ家的喫茶店として運営している我が城に、幸か不幸か、いまに限って他の客はいなかった。暇を持て余した近所のご老人たちも、ちょっと孤立気味な女子高生も、子育ての合間の息抜きとして利用してくれる家族連れも、誰一人。おかげで絵心先輩は誰に不審者として見咎められることもなく、レジ前で微動だにせず、珈琲豆を手動で挽く僕を眺め続けていた。
言葉を求められている。
僕から話せ、と彼の目が口よりずっとうるさく喚き立てている。
「……“
「どうだった?」
「どうもクソも、よかったですね」
「そういう意味じゃないの分かってて喋るなよ」
意地が悪いぞ、と眼鏡を指の腹で押し上げる絵心先輩。
……そういう意味で喋りたくないのを分かってて言うのも、たいがい意地が悪いと思う。
「ひとまず“
「そっすか。頑張ってください。はいコーヒー」
「手を貸せよ、
黒い液体がなみなみと注がれたカップを差?个靴唇貊屬如∀咾鯤瓩泙譴襦?
うげ、と顔が引きつる僕と違い、絵心先輩の表情筋はまるで仕事していない。
雪景色みたいに静かなくせに、熱くてうるさい眼差しが鬱陶しい。
彼はとことん真剣に、僕を欲しているようだった。
「英雄をつくるのは、おまえの得意分野だろ」
「……そう思ってくれてるのは光栄ですよ、先輩。だけど、もうそういう夢物語には心躍らない。僕よりおもしろいシナリオをつくれない奴がいない舞台には、飽きたんですよ」
カップを押し付け、絵心先輩の手を振り払う。
二年で十億。
現役だった頃の僕の成果。
満足するには十分過ぎる額だった。たとえクラブオーナーやチームメイト、有象無象のファンたちから引き留められたって、飽きたんだから仕方ない。僕のシナリオを僕以上に演出できる奴はいなくて、僕の予想を超える
「このまえの日本代表戦、見ましたよ。なかなかおもしろい、劇的な試合でした」
でも、と僕は続ける。
「───僕なら、もっと良いシナリオにした」
侮辱とも取れる言葉に、しかし絵心先輩は口角を吊り上げて笑った。
そう言うと思った。だからおまえがいい、と彼の目が雄弁に語る。
「そうだろう。奴らはまだ伸びる。そのためにおまえが要る」
「ご愁傷様ですね。僕、おままごとは卒業したんです」
「ノアは来るぞ」
……その名前は、卑怯だった。
「“
「……アンタ、日本で戦争でもしようってんですか?」
「戦争! いいな。そう、大戦だよ! “
絵心先輩は一息にコーヒーを呷り、ひどく愉悦的な笑みを滲ませた。
「もっとも熱いフットボールの最前線を、おまえはかぶりつきで見たくないのか?」