ファイッ!






「なんとか……なんとか会わずに仕事できる方法とか……」

「仕事内容的に有り得ないだろう」

「あ~あ~! 合理主義者は相変わらず夢も見せてくれねえなあ!」

「夢をつくるのは、いつもおまえの仕事だったからな」


 一人で気にしていたのが噓のように、僕とノアは昔みたいな応酬をしていた。

 ノアと並んで歩くなんて、いつぶりだろう。二度とないと思っていた。

 ……それが青い監獄ブルーロックの廊下というのは、想像もできなくて当たり前だけど。

 聞くところによると、ノアの私室も僕と同方面にあるらしく、どうせ自室に戻るならと同行するはこびになったのだ。絵心先輩の策略を感じないといえば嘘になるが、いまは棚上げしておく。


「嫌われているわけじゃないんだ。構わないだろ」

「かーまーいーまーすー! そりゃノアはいいよ、現役で会いまくってるんだからな! でも僕はもう何年も会ってないし、ブランクだってめちゃくちゃあるし、いまのカイザーになんて適うわけないんだぞ!?」

「自業自得だ」

「……もしかしてノアさん、僕が辞めたのまだ根に持って拗ねて……」

「ないと思うか?」

「……エヘヘ!」


 飽きたなんて理由でとっとと逃げた負い目ぐらい、僕にだってある。

 とはいえ撤回する気にもなれない。ノアからの露骨に呆れた視線には気づかないふりをした。


「遅かれ早かれ会うんだ。さっさと腹を括っておくんだな」


 そんなこと仰られましても。


「……あ! じゃあカイザーに会うとき、ノアも一緒にいてくれよ!」

「いやだ」

「即答するなよ……」

「おまえの罰はおまえが負うべきだ」

「……なあ、それカイザーは僕への罰って思って……カイザーがまだ僕のこと忘れてないって知って……」

「………………」

「なんか言えよぉ!」














 そんな風に拒否りながらも、なんだかんだついていてくれるのがノエル・ノアという男だ。

 バスタード・ミュンヘンのメンバーへの顔繋ぎ──という体で同室してくれるらしい。

 ミーティングルームに集められた顔ぶれには知らないものも多くて、僕がかのチームを離れていた期間をひしひしと感じられた。今更ながらに辞めた実感なんて湧いてくる。

 …………まあ! めちゃくちゃ睨みつけてくる少年が一人だけ! いるんですけど!


「管理スタッフのだ。過去にバスタード・ミュンヘンに所属していたこともあるから、顔を知っている者も──」


 ノアの説明なんて耳に入らないとばかりに、彼は群れから大股で抜け出した。


「おい、カイザー」


 ノアの制止すら無視して、少年は一直線に僕へと向かってくる。

 胸ぐらめがけて憤然と伸ばされた手を、僕は反射的に避けてしまう。
 だって怖いし。たとえそれがミヒャエル・カイザーの怒りに油を注ぐだけと分かっていても。


「クソ逃げんな!」

「無茶言うな!」


 ブランク進行形のいまの僕が、大変よくお育ちになられたカイザーの筋力に捕まったら最後だ。

 ……というか相変わらず、躊躇いなく年上を呼び捨てにしてくれる。

 かよわい子どもよろしくノアの背中に隠れてしまえば、さすがのカイザーもすぐには追ってこない。……僕を見る眼に籠った殺意はより鋭くなっているけれど。


「こんなところで会うなんて思わなかったが、ちょうどいい。今度こそ俺はおまえに勝ち越すんだ。とっとと舞台にあがれ!」

「絶対ヤダ────!」

「カイザー」


 ノアが溜め息交じりに彼を呼んだ。

 冷や水を浴びせられたようにカイザーの意思が僕から逸れる。


「焦るな。これからいくらでも機会はある」

「おまえどっちの味方ァ!?」


 より合理的な方だ、なんて当然のように頷くノアであった。クソ旧友。

 カイザーは依然不満そうではあったが、ノアの言にも一理あると思ったのか、一流の選手らしくきっぱりと切り替えた。踵を返し、チームメイトのもとへ戻っていく。

 ただ、そのさい、きっちりと爆弾を落としていった。


「クソ殺す」


 ……絵心先輩。あなたにとって、僕はここまで物騒な後輩ではなかったですよね。




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