兄か、それ以外か






 私はブラコンだ。

 そんじょそこらのファッションブラコンではない。兄のことが好きだと公言して憚らない、兄本人にさえ「おまえって、ほんと俺のこと好きだよな」とちょっと呆れられるぐらいのブラコンだ。でも兄さんが宇宙一カッコいいんだから仕方なくない? と言ったら兄はちょっと照れていて、めちゃくちゃ可愛かった。死ぬほどカッコいいのに可愛いとか、兄が最強の生き物過ぎる。

 その兄が強化指定選手とやらに任命されて、家から出ていった。

 端的に言うと、死にそう。

 兄不足で死にそう。

 ラインに鬼電しても出ないし、兄のチームメイトだったひとたちも「何も知らない」の一点張りだし、両親は「あの子なら大丈夫よ」とかのほほんと笑うだけでまったく頼りにならないし。

 一ヶ月以上もめそめそ枕を濡らすだけの毎日を送っていたら、ある日兄の名前が顔写真付きで朝のニュースに出ていた。飲んでいた牛乳をぜんぶ逆流させて、たまたま目の前にいた父にぜんぶぶっかけてしまったが全然気にならないレベルで動揺した。


「あら、世っちゃん」


 父にティッシュを手渡しながら母が朗らかに、少しだけ驚いたように兄の名を呟いた。

 青い監獄ブルーロック対日本代表? なんだそれ、青い監獄ブルーロックなんて聞いたことがない。でもそれが私から兄を連れていった何かだと思った。兄はそこでとても頑張っているのだろうとも。だって、サッカー日本代表と試合なんて、半端者にできることじゃない。


「そういえばチケット届いてたなぁ。これって世一からだったのかぁ」


 牛乳が飛んでしまったのでネクタイを取り換えながら、父が思い出したみたいに棚から茶封筒を持ってきた。いや差出人に兄さんの名前ないんだけど。どう見ても青い監獄ブルーロック計画運営スタッフからだと思うんだけど。

 両親のゆるふわ具合はいまに始まったことじゃないので、いちいち突っ込まない。

 私は父の手から茶封筒を奪い取って、テレビに映る兄さんの顔と何度も何度も見比べた。


「兄さん……! 絶対応援に行くから……!」

ちゃんのそんな顔、久しぶりに見たわ~。元気出たみたいでよかった~」

「でも、この時期ちょうどテスト期間じゃないか? 世一にかまけてテストを疎かにしたら連れていけないぞ~」

「全教科満点獲ってくる」


 学業なんかに兄さんを後回しにさせるもんか。

 そうと決まれば忙しい。熱心に遊んでいたゲームのギルドメンバーに「テスト殺さなきゃだからしばらくギムキョ専念する。無理だったら切っといて」とチャットを送って、即スマホごと鞄の底に封印。「行ってきます!」衝動に押されるまま、学校へ向けて家を飛び出した私は、メッセージが爆速で流れていたことなんて知らない。





>ギムキョって義務教育!?

>やばい一瞬意味分からなかった。これがジェネレーションギャップ

>いやギムキョくらい言うでしょ 俺も知らなかったけど

>オメーも知らねーんじゃねーか

>兄神さんって学生だったんだ

>JC? JC?

>妄想乙

>次のイベントで兄神さんいないのキツくね?

>最近ナギも走んないしなー

>ごめんね

>うちのトップランカー二人いないの無理すぎ

>目標設定落とす?

>でも報酬がなー














「うーん」


 凪誠士郎はスマホ画面に目を落として唸ってしまった。

 青い監獄ブルーロックでのサッカーがおもしろくなってきて、趣味だったゲームがやや疎かになっていたことは認める。それでもトップランカーの一人だった自分に並んでもう一人抜けるとなると、ギルド全体のモチベーションが低下するかもしれない。

 ……というか、このゲームに対する自分のモチベーションが持たないかもしれない。自分と同じ熱量でついてきてくれて、かつチャットで無駄話も楽しい仲のメンバーがいないのは。


「どうした凪、難しい顔して」


 玲王に声をかけられて、凪はやや気落ちした口調で答えた。


「……そろそろこのゲームやめよっかなって」

「え、なんで?」

「兄神さんがギムキョだから」

「誰だよ兄神さん」





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