100%アイラブユー






 一夜にして、兄が日本中のヒーローになった。

 私はめちゃくちゃ鼻が高かった。だって兄さんはずっと最高の生き物で、それが全国に示されたのだ。妹としてこれほど嬉しいことはない。

 ……でも、舌打ちしたくなったことが一つだけある。いつメンは私のブラコンを知っているので「よかったね」「テレビ見たよ。お兄さんすごかったね」ぐらいで済ましてくれたのだが、大して仲良くないクラス外の知り合いなどから「お兄さん紹介して」コールが殺到したのだ。「あわよくば凛くんとか凪くんとか」の邪念が滲み出てる相手なんかに絶対兄を繋いでやるもんか!

 なんてムスッとしていたのは、ものの三十分ぐらい。


「世っちゃん、一回帰ってくるって~」


 兄がヒーローになった翌日の朝、嬉しそうに目玉焼きを作っていた母が言った。


「え!? いつ!? いますぐ!?」

「明日の夜ぐらいになるそうよ」

「迎えに行こうか!?」

「送迎バスで最寄り駅まで送ってくださるからいいんですって~。青い監獄ブルーロックって親切よね~」


 親切……親切なのかな……私から兄を極力遠ざけようとしているようにしか思えないけど……。

 臍を噛む思いだったが、一旦溜め息でクールダウン。何はともあれ、兄さんが帰ってきてくれるのだ。こんなに嬉しいイベントはない。今日を兄帰宅決定の記念日にしよう。


「あ! じゃあ母さんもご馳走作りたいよね、っていうか私が作るね! 兄さんの好物作れるように買い物行ってくる!」

「あら、いいの? お小遣いいる?」

「足りてる!」


 どうせ私のお小遣いは、兄に費やす以外に使うアテなんかほとんどないのだ。

 その点、先日のスタジアムに設置されていた売店は最高だった。兄の顔が印刷されたグッズがノエル・ノアよろしく量産されていたから。個数制限さえなければ破産するまで買っていた。

 うきうきと弾む足取りで、私は街に出る。

 どうせだったら材料の質にもこだわりたい。なにせ兄の口に入ることになる代物だ。神への奉納に等しいものを手抜きする人間はいないだろう。














「ただいまー」

「おかえり、世っちゃん。ずいぶん遅かったけど、大丈夫だった?」

「うん。ルート的に俺が一番最後になって、道も混んでてさ」


 潔世一が実家の玄関に入ると、夜更かしをして待っていてくれたらしい母が出迎えてくれた。もうすぐ日付も変わるというのに、少し離れていたぐらいでは、彼女の優しさは変わることがないらしい。


と父さんは? もう寝ちゃった?」

「そうなのよ。お父さんはのご馳走に喜んでお酒飲み過ぎちゃって、で世っちゃんが帰ってくるのにはしゃぎ過ぎちゃって」

「はは、二人ともらしい、、、や」


 世一は笑う。同時に、玄関にいても分かる香しい匂いに納得もした。


「荷物、部屋に置いてくる。のご馳走ってまだ残ってる?」

「もちろん! 食べるなら温めておくわね」


 居間へと引き返す母に「ありがと」と言いながら、世一は重くもない荷物を引きずって階段を上がった。自分の部屋へ投げ込むように、キャリーケースを置いていく。

 それから忍び足で、妹の部屋の前に立った。こっそりと、音を立てないようにドアノブを回す。


(起こさないように……)


 そろそろ、と丸みを帯びて膨らんでいるベッドに近付く。

 案の定、中学生の妹はそこで寝ていた。

 穏やかな寝息を立ててシーツに沈んでいる彼女は、見ているだけで世一の胸を温かくさせる。知らず口元がほころんだ世一は、傍に膝を折り、妹の髪を撫でていた。


「応援、聞こえてたよ。


 日本代表選。あちこちから歓声が飛び交うスタジアムで、それでも唯一明晰に聞き取れた妹の声。最初から最後まで世一を信じて勝利を願っていた、愛すべき応援だった。

 こういうのも運の一つなんだろうな、と世一は穏やかに思う。

 何があっても信じてくれている存在なんて、望んだってそう簡単に手に入らない。


「ありがとな」


 静かに笑いかけると、その言葉が聞こえたわけでもないだろうが、妹の寝顔も相好を崩した。


「にいさん、だいすき……」


 ふにゃふにゃと芯のない寝言。

 平時だったらはいはいと聞き流す好意だったが、世一は思わず噴き出してしまった。

 こいつ、俺のこと好きすぎ。


「俺もおまえが好きだよ」


 おやすみ、と最後に一撫で。

 世一は往時と同じように忍び足で、の部屋を出た。

 休暇の間に、妹と遊ぶ時間を作ってやらないとな、なんて思いながら。





back | top |

inserted by FC2 system