科学ではなく魔法が普及した世界だからか、突飛な発想をしてしまうときがある。
「……ほっ」
期待と緊張を入り混ぜて、ちょっとだけ勢いづいて一歩を踏み出した。
ピョン、と階段から飛び降りた足は、当たり前に地面へ落ちる。
「…………………………デスヨネ」
分かりきっていた結末なのに、未練がましく爪先を見つめてしまう。
ざあざあ、ぽつぽつ。
降りしきる雨が傘に当たって弾ける音が絶え間なく続いている。
オンボロ寮の一室から拝借してきた見るからに年代物の傘は、いまにも雨漏りしそうな手触りながら、意外と辛抱強く耐えてくれていた。寮に帰ってからきちんと補修すれば、今後も継続してお世話になれるかもしれない。
ずっと立ち止まっていても仕方ない、と顔をあげる。
「いきなり立ち止まってどうしたよ。なんかイイモンでも落ちてた?」
「それとも、忘れ物でも思い出したのか?」
「はやく帰るんだゾ! オレ様は腹が空いたんだゾ!」
エース、デュース、グリム。
三者三様の言葉と表情を向けてきた彼らに笑みを返した。
「なんでもない。いま行くよ」
ついに、このときがきた。
ツノ太郎からもらったお菓子の箱に付いていた包装紙。
グリムから「食べられねェモノなんて取っておいても仕方ないんだゾ」と呆れた目で見られても、キラキラしていて綺麗だし何かに使えるかもしれないだろ、と取っておいた二ヶ月がやっと報われる。
オクタヴィネル寮の一件ではサバナクロー寮に色々と世話になってしまったし、お礼として菓子折りの一つぐらい贈っても罰は当たるまい。
───しかし。
「ケチくせぇ」
……というのが、事情を知った受け取り主の一言であった。
「王族は貧乏性に理解がない……!」
「あー。レオナさんのせいで監督生膝から崩れ落ちちゃったじゃないスか」
頭をワシャワシャ掻き回されている。
いまはこの雑な慰めすら嬉しい。
「おー、よしよし。オレはアンタの気持ち分かるっスよー。いい感じの箱とか包装紙とか、なんとなく捨てられないんスよねー」
「ラギー。テメェそっち側かよ」
「だいたいの奴はこっち側っスよ」
「いいですか監督生さん。今後何かあったらこのマジカルブザーの紐を引いてください。校内中に響き渡る警戒音が鳴ります。そうすれば僕、あるいはフロイドかジェイドがすぐに駆け付けます」
グリム達と離れたタイミングで自分を呼び止めてきた彼は、いきなり何かを押し付けてきたかと思えば、至極真面目な顔つきで眼鏡を整えながらそう言った。
「……えっと、防犯ブザーですか?」
「あなたは何かと危なっかしいので、こういうものを常備しておいた方がいいでしょう」
こちらも好きで窮地に首を突っ込んでいるわけではないのだが。
いつの間にか、あるいは学園長のせいで厄介事に引きずり込まれているだけで。
とはいえ貰えるモノは貰っておこう。
今回は妙な取引を持ちかけられるわけでもなさそうだ。
「ありがとうございます。アズール先輩」
「べ、べつに。これくらい、礼を言われることではありません」
「ところで、コレってフロイド先輩に絞められそうになったときも鳴らしていいですか?」
「……許可します」
そういえば身内にも要警戒対象がいたんだった、と言わんばかりの渋面で頷かれる。
こちらとしてはもう一人の双子と、あなた自身も追加したいところなのだけど、さすがにそれを言ったら泣かれるだろうか。