埋め立て予定地:天の川






「写真を撮らせろ。一枚で事足りる」


 また海馬くんが突飛なことを言い出した。

 最新型のスマホを手にした彼は、当然のように私を見下ろす。もう慣れてしまったけれど、しかしやはり来客に対する態度ではないと思うのだ。


「……写真? 誰の?」

「貴様のだ。その間抜けな顔でいいなら今すぐにでも、」

「ま、待って待って! いまポッキー食べてるから!」


 撮らないという選択肢は行方知れずらしい。
 いまさら彼の言動を咎める気にならないとはいえ、準備ぐらいはさせてほしかった。

 くわえていたポッキーを、名残惜しいが勢いよく咀嚼。「ん!」ごくりと飲み込んで振り返れば、海馬くんは既にスマホを下ろしていた。


「時間を取らせたな。もういいぞ」

「いや私待ってって言ったじゃん!?」


 いつの間に撮ったんだ。っていうか、シャッター音しなかったんですけど。まさか消音機能付きなのか!?

 ……いや。やっぱり私の写真なんか要らなかったので撮らなかった、という線も……


「しかし、貴様は本当に腑抜けた顔をしているな。もう少し表情を引き締められないのか?」

「勝手に撮っておいて言うことじゃない」


 なかった。ばっちり撮られていた。

 今まさにポッキーを咀嚼していかんとする私の写真をまじまじと眺めた末に、海馬くんは深々と溜め息をつく。


「……まあ、これでいい。どうせ虫除けに使うだけのものだ」

「まさかとは思うけど、ヒトの写真でムカデ対策とかしないだろうね。そんなご利益ないよ」

「この家にそんなものが出現するとでも?」

「絶対はないでしょ。ワンチャンはある」


 口にした私自身、「ないな」と思うけど。なにせ、海馬邸の掃除はいつだって完全無欠だ。


「……ハ」


 海馬くんは露骨にせせら笑ってきた。大変業腹だけど、そういう仕草が様になる男だとつくづく思った。










「そういえば、海馬社長は恋人を作られないのですか? まだお若いのですし、女の一人二人、手篭めにしておいてもよろしいのでは?」


 案の定だ、と瀬人は胸中で嘲笑した。

 仕事の一つとはいえ、社交界では退屈極まりない顔合わせが連続する。毒にも薬にもならぬ挨拶だけ交わしてくる輩はまだマシな方で、不用意に人生の先輩面をしてくる者などは愚劣の極致だ。

 お節介ここに極まれり、とならそんな悪態をこぼしていただろう。

 やんわりと仕事でそれどころでないことを伝えれば、「では、うちの娘など」と続けられる。ここまで予想通りだと、達成感も何もない。


「失礼」


 うっかりを装ってスマホを落とす。弾みで電源がつくように手放すのは、なかなか難儀だった。待ち受けに設定しておいたの間抜け面が目に入ったときなどは、場も憚らず笑い出しそうになってしまった。


「海馬社長、それは……」


 間抜け面の女を、海馬瀬人がわざわざ待ち受けにしている。その意味を察せぬ人間であれば、この社交界には顔も出せまい。


「コレの世話と仕事があるので」


 貴様の娘に割く時間などない、と言外に告げてやる。

 相手は表情を強張らせ、「どこの娘ですか」と問うてきた。敵対企業に先を越されたとでも思ったのか。実に愚かな誤解だった。

 そんなところに、彼女の価値はありはしない。










「兄サマ。恋人について聞かれるたびにスマホ落とすの、やっぱりちょっと不自然だと思うぜい」

「オレは何もしていない。奴らが勝手にをオレの女と誤解しているだけの話だ」

「そんなに嫌なら、直接を連れてきたらいいじゃないか。それだけでグンと聞かれなくなると思うよ」

「あいつがこの場の空気に耐えられるとでも?」

「……ごめん、無理だね。『庶民お断りじゃん、こんなところ!』とか言って、三分で逃げ出すと思う」






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