「海馬くんってブランコ乗れないでしょ」
また訳の分からないことを言い出した。
の話には、だいたい脈絡がない。正確には、本人の中ではあるらしいのだが、瀬人にはそのプロセスがとんと理解できなかった。
彼女も瀬人の思考プロセスをまるで理解していないようだったし、そこはきっとお互い様というものなのだろう。
「オレに出来んことなどない」
「いや、その長い足はブランコだと絶対引きずるよ。乗れないよ」
「足ぐらい何とでもなる」
「っていうか、海馬くんって、ブランコで遊んだことあるの?」
意外、とでも続けそうな口調だった。彼女は自分を何だと思っているのだろう。ブランコで遊んだ経験ぐらい………………
「海馬くん?」
キョトンと首を傾げたの口を掴み、下手な追求ができないようにした。「もごごご」言葉になっていない抗議が飛んできたが、無視をする。
ブランコ。座板を支柱や樹木から鎖や紐などで水平に吊るした構造の遊具。
現在の話題における定義としては、これで合っているはずだ。瀬人と違い、彼女の知識に他の『ブランコ』が存在しているとは考えにくい。
それで遊んだ経験があるか、と彼女は言った。
ある。ある、はずだ。
少なくとも記憶はある。
だが、その実感を手繰り寄せられない。
自分にも確かに存在したはずの無邪気な幼年期がひどく遠い。まるで他人事だ。第三者のそれを遠見していたかのように薄寒い。
「ちょっと、もう!」
どうにか海馬の拘束から逃れた彼女は、口を尖らせていた。
「もう! 分かった、分かった! ほら、行くよ!」
と、自らを押さえていた手を掴み、そのまま立ち上がる。瀬人を引っ張って歩きました。
「貴様、何処へ行くつもりだ」
「どこって、公園だよ。ブランコの乗り方教えてあげるよ。どうせ海馬くん知らないんでしょ。だからそんな難しい顔してるんでしょ」
ここから一番近い公園どこだっけ、と言いながら彼女は瀬人を連れて海馬邸を出た。
家を出るまでの道中で、すれ違った使用人たちがことごとく「あの雇い主が少女に引きずられている」とでも言いたげに唖然としていたのは、なかなか愉快だった。心配せずとも、瀬人を引っ張って歩いていくような女は世界に何人もいまい。
……ブランコの乗り方ぐらい、瀬人は当然知っている。そもそも教わらなければ出来ない類ではない。遅かれ早かれ、誰だってなんとなく出来るようになるものだ。
「海馬くんの足なら立ち漕ぎの方がいいかな。あー、でもそれはそれで頭打ちそう」
先を行く彼女が笑って振り返る。その声は太陽の如く明るかった。
「海馬ランドのアトラクションにブランコ増やす予定とかない? 海馬くんサイズでも乗れそうなやつ」
「企画立案か? ならば検討ぐらいはしておいてやろう」
「え、そんな本気で受け取られても……冗談だよ……」