嘆息





 何だかよく解らない戦争が冬木で起こるから、と養父に教会を追い出されたのが昨日のこと。

 さっさと帰ってこい、と心なしかげんなりした養父が迎えにきたのが今日のこと。

 遠坂凛に命じられるまま玄関を開けた私は、思わぬ事態に瞠目する。


「……言峰神父。手のひら返しが早すぎるのは、些かどうかと」

「おまえがいないと、ギルガメッシュがひどく喧しい。どうにかしろ」


 どうにかしろ、と言われても。

 ヒトの不幸だけで飯が食える養父がわざわざ私を迎えに来たということは、ギルは途方もない騒ぎ方をしたのだろう。たぶん、その被害の大半は神父よりランサーが食らっている。

 私は少し悩んで、「ちょっと待っててください」と養父に言いつけてから、一度中へ引っ込んだ。いまは遠坂凛の朝食の支度をしていたのだ。

 遠坂凛は眠そうな表情で、居間で新聞を読んでいた。


「凛。非常に申し訳ないんだけど、養父が迎えに来た」

「手のひら返しが早すぎない!? 昨日あんたを追い出した張本人でしょう!?」


 彼女も私と同じ感想を抱いたようだった。だよね、と胸中だけで賛同する。

 台所に入り、作りかけだった朝食を五分ほどで仕上げる。最初から彼女の分しか作っていなかったから、楽なものだ。脱いだエプロンを畳んで椅子の上に置く。


「朝食だけは用意しておいた。契約の時刻より早いけど、私はこれで」

「……やることやってくから、難癖もつけれやしない」


 溜め息をつく遠坂凛。
 ひらひらと彼女は手を振った。


「はあ、まあいいわ。じゃあ学校でね、

「うん。学校で」


 私も手を振り返して、外に出る。養父は玄関の壁に背を預けていた。

 何も言わず教会への道を歩き出した彼の後をついていく。


「どうやって凛を丸め込んだ? 彼女が親切できみを泊めるとは考えられないが」

「宿泊期間例外なく家事全般を引き受けるといえば、すんなりと」

「……………………」


 養父は物言いたげな顔になったが、結局何も言わず溜め息だけを出した。

 彼女としても、魔術師ということを隠さなくていい私相手だと気を遣わなくていいから楽だったのだろう。私はとうの昔に魔術師を辞めているから、尚更だ。


「そういえば、本日の朝食は一体誰が? まさか言峰神父ではありませ──」

「私だが」

「……そうでしたか」


 んよね、と最後まで言い切らなくて助かった。ついでに、何でギルが騒いだのかよく解った。

 この神父、とんでもない辛党なのである。「あれはヒトの食べるものではない」と冬木で大評判を博す泰山の麻婆豆腐を嬉々として食す人種なのだ。

 そんな彼が朝食を用意すればどうなるか──その大惨事を想像するのは易い。

 幼き時分から彼に面倒をみてもらっている私ですら、その趣向だけは未だに理解が及ばない。たぶん一生及ばない。


「……言峰神父。その、ギルたちに泰山の麻婆豆腐は些か早いかと」

「泰山ではない。私の手製だ」


 ああ、ランサー生きてるといいけど。今まで一度も名前を呼ばれていないことが、一層私の不安を煽った。



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