助力





 ──う、わあ。



「私には衛宮くんがいるから、間桐くんは要らないわ」



 遠坂凛のような美少女に満面の笑みであんなことを言われたら、間桐慎二じゃなくても凍りつく。

 硬直状態の間桐慎二をほって、遠坂凛は私の元に戻ってきた。行きましょう、と歩いていく彼女に追従する。

 廊下を歩きながら、私は彼女に話しかける。



「……凛。言い過ぎでは?」

「いいのよ、事実だし。慎二と組むより、セイバーもいる衛宮くんと組む方が効率的だわ」

「そこに異性に向ける好意は含まれていない、と?」

「あ、当たり前でしょ! いきなり何言い出すのよ、は!」



 顔を赤くしてぷりぷり怒る遠坂凛の横顔を眺める。
 美少女にこんな顔をさせるのだから、衛宮士郎は罪な男だ。

 彼女が教室に入るまで見送ってから、私は踵を返した。さっきの場所に戻ると、間桐慎二はまだそこにいた。



「間桐くん」


 声をかければ、幽鬼のような表情と動きで間桐慎二は私を見た。苦虫を噛み潰したような口調で、彼は言う。



「……何だよ、言峰」

「凛に悪気がないことだけ伝えておこうかと」

「余計なお世話なんだよっ!」



 ずかずかと近付いてきた間桐慎二は、その勢いのままに私を突き飛ばした。咄嗟に反撃しそうになった己を抑制し、大人しく尻餅をついてやる。これ以上彼のプライドを傷付ける必要はあるまい。



「遠坂の腰巾着風情が僕に話しかけるな! 役者不足なんだよ!」

「……私を罵倒して気が済むのでしたら、お好きなだけどうぞ」

「…………くそっ!」



 悪態をついて足早に去っていく間桐慎二が見えなくなってから、私は溜め息混じりに立ち上がった。制服についた砂埃を払うのを忘れない。

 間桐慎二は、容姿にしろ身体的能力にしろ頭脳にしろ申し分はない。だが、魔術師としては未熟以前の問題だ。そういう意味では、遠坂凛の判断は正しいのだろう。



「……あまり、面倒を仕出かさなければいいのだけど」



 彼らの尻拭いをするのは、私たち教会の人間なのだから。




   









「……凛。私はお邪魔では?」

「いいのよ、居なさい。私一人廊下に立たせる気?」

「でしたら、私が衛宮くんを呼び次第、直ちにフェードアウトしますので、その手でいきましょう」

「だからいいってば! あいつが自分から来るまで待つのよ!」



 もうっ、と遠坂凛は私の手をしっかりと握った。こうなっては逃げられない、と私は腹を括ることにする。

 時は進んで昼休み。
 わざわざ自分の教室から出向いてきた遠坂凛は私を従えて、衛宮士郎を廊下で待ち構えていた。

 ……しかし、もう慣れたとはいえやはりこの少女と一緒にいると目立つ。ただ廊下に立っているだけなのに、周囲はざわめきながら遠巻きに眺めてくるのだ。



「──あ」



 思わず声を漏らしたのは、教室から顔を覗かせた衛宮士郎と目が合ったからだ。

 それで遠坂凛も気付いた。彼女は犬を呼ぶように手招きし、私は肩を竦めて手のひらで凛を示した。

 衛宮士郎はキョトンとした顔で「俺?」とばかりに己を指した。気持ちはすごく解る。




   







「──まさか言峰も聖杯戦争の関係者だったなんてな」



 屋上で、私たちは昼食を摂っていた。

 屋上に辿り着くまでの道程で衛宮士郎がとんだ鈍感ぶりを発揮したり、遠坂凛が「アンポンタン!」と怒鳴ったり色々あったのだが、そこは割愛する。



「厳密には、私は関係者ではないのですよ。監督役である神父の補佐という名の雑用に過ぎません」

「言峰と戦わなくていいってだけでホッとしたけどな、俺は」

「……何故ですか?」



 衛宮士郎は事も無げに笑う。



「だって言峰って、容赦ないとこあるだろ」

「……あぁ、確かにあるわね。敵と認識したら、一片の容赦もかけないところ」

「そうでしょうか」



 衛宮士郎のみならず、遠坂凛にまで言われてしまった。自分では微塵も思っていなかったけれど、私という人間はそうなのかもしれない。そういえば昔、ギルにも、似たようなこと言われたりしたっけ。

 それから二人のマスターは話を交わした。今朝のこと、私の知らないいつかのこと、これからのこと。余計な面倒を背負い込まないために、どれも聞かないように注意した。

 ──そして、変化は突然訪れる。

 学校と外界を隔てるように、結界が出現したのだ。並の魔術師にはおよそ不可能なそれは、まず間違いなくサーヴァントの仕業に違いなかった。

 駆け出した二人の後を追う。その最中、私の口からは耐えきれなかった溜め息が漏れた。

 ……まったく。後先を考えないマスターがいたものである。



「……言峰、大丈夫なのか?」



 衛宮士郎が驚いた様子で問いかけてきて、一瞬何の話かと思った。が、すぐにどうしてこの結界の中で平然としているのかという意味だと理解した。この結界内ではどうやら、魔力を持たない者を衰弱させる効力があるらしい。



「ちょっとした特異体質なんですよ」



 そう言いながら、私は手近な教室に飛び込んだ。中を確認して、舌打ち。教師生徒の区別なく、軒並み衰弱している。

 衛宮士郎は、ある女子生徒に駆け寄った。見るに知り合いらしいから、心配するのも無理はない。



「……大丈夫だ。息はある」



 だから、彼が冷静な判断を下したときは驚いた。あまりに自然に、平然と口にしたものだから。

 本来なら、遠坂凛のように惨状に戸惑い、絶句するべきだ。

 ……ともあれ、それは私が関わるべき話ではない。



「凛。衛宮くん。被害者のことは私に任せてください。死人を出さない程度のことはできるでしょう」

「……任せていいのか?」

「私は監督役補佐ですから、参加者であるお二人を聖杯戦争に専念させる義務があります」念のために付け足しておく。「……ですが、過信しないでください。私一人の処置では半日が精々です。なるべく早く専門家に任せるに越したことはありません」

「ありがとう、充分だ」



 廊下に飛び出していった二人の背中が見えなくなってから、私は床に手を当てた。

 結界を構築しているのは魔力だ。魔力であれば、私はそれを利用できる。



「──探知サーチ──確保ロック────」



 血脈ともいうべき、結界を構築しているそれに私の魔力を侵入させる。異常に気付かれないよう慎重に、神妙に、しかし迅速に。

 血液を循環させるように、私の魔力を学校中に浸透させる。私が貯蔵している魔力は、私が魔術として昇華させることは叶わないが、しかし魔術の真似事としてなら運用できる。

 制服の裾から、黒鍵を取り出す。指に挟んだ黒鍵に魔力を通し、擬似的な剣を顕現させる。そしてそれを、勢いよく床に突き刺した。



「──現出サモン──!」



 学校中に、私の魔力が行き渡った。これで衰弱しているヒトたちの代わりに、私の魔力が吸い取られていく。ひとまず、死人が出ることは防げるだろう。

 だが、これで私は身動きが取れない。魔力の源泉となっていなければ、即座に結界は彼らに牙を剥くだろう。

 ……しかしこれ、本当に事後処理どうしよう。そろそろガス漏れっていう言い訳もきつくなってきたぞ。



back | top | Next

inserted by FC2 system