外聞





「──凛。彼女は何者だ?」


 アーチャーが目を細めて、問う。警戒と猜疑心が混じった表情と口振りで。

 遠坂凛はソファーに座ったまま、顎に指を当てた。こてんと首を傾げる。


「彼女って、のことでしょ? 貴方に説明してなかったっけ?」

「説明を受けた覚えはないな」


 アーチャーは振り返る。己に声をかけてきた修道女の存在を。

 霊体化していた自分が見えた筈はない。ならばカマかけかと思ったが、の視線は迷いなくアーチャーを射抜いていた。疑い半分で霊体化を解き、姿を現したとき、疑念は現実に変わった。

 は眉一つ動かさなかった。アーチャーの姿を視認していたのは、まず間違いない。

 思考を巡らすアーチャーとは対照的に、遠坂凛はそうねえ、と暢気な様子で指を振る。


「幼馴染み。私の知る限り、一番胆が座ってる女。元魔術師。綺礼の養子。敵には容赦しないけど、身内には甘い。今回の聖杯戦争における監督役補佐。……まあ、そういう娘よ。
 無闇に職権乱用するタイプじゃないし、どっちかっていうと私を贔屓してくれてる。信用は置けるわ」

「……元、魔術師?」

「えぇ。……冬木の大火災のときに、、家も親族も──全部無くしたの。マトモに残ったのは、彼女が持ってる魔術刻印ぐらい。だからは魔術を捨てて、綺礼の所に養子に行った」

「……そういうことをぺらぺら喋っていいものなのか?」

「何よ。貴方が訊いてきたんじゃない」


 少々機嫌を損ねたようで、凛は拗ねたように顔を背けた。

 アーチャーは肩を竦めつつ、頭の片隅での姿を思い出す。冷淡とした印象ながら、凛を思いやる言葉には確かな熱が感じられたことも含めて。

 ────元、魔術師。
 魔術を捨てた者。

 だとしたら、彼女は何故──。


「あ、言っとくけど」


 び、と凛がアーチャーに指を突きつける。
 それに若干鼻白みながら、彼は「何だね」と言葉を返す。


「あの娘を利用するとか、私考えてないから。監督役っていってもたかが補佐だし、幼馴染みをそういう風に見たくないし」


 それに、そういうのは卑怯じゃない。凛はそう締めくくって、指を引いた。

 ややあって、物憂げな顔になる。視線を下に向けながら、彼女は続けた。


「──はたぶん、私が利用したとしても、これっぽっちも気にしないんだろうけど。聖杯戦争の参加者なら打てる手は全て打つのが当然です、とか何とか言うに決まってるわ」


 ああ言いそうだな、とアーチャーにも容易に想像できた。あの淡々とした調子で告げるに違いない。

 でもね、と凛はかぶりを振る。


「そこがさっき言ったの“身内には甘い”ところなの。……あの娘どういうわけか、自分が持ってるモノを失うことを極端に怖がるのよ。だから、それを避けるために身内には甘いんだと思う」


 失いたくないから。
 自分が何かすることで、モノが消えないというなら。

 ──失うモノだと解っているから。

 アーチャーは腕を組んだまま、一瞬だけ目を閉じた。わずかに浮き上がった親近感を切り捨てる為に。

 幸い、彼女と己には決定的な違いがある。似ていない、と断じるには十分だ。

 手から溢れるモノまで救いたいと願うこと。
 手から溢れるモノを失いたくないと祈ること。
 その二つは、似ているようで決定的に異なっていた。

 目を開けたとき、アーチャーはいつもの余裕ぶった笑みを浮かべている。


「──ふむ。何はともあれ、切り捨てるべき敵ではないということか。それで十分だよ、凛」

「そうね。私もに危害が及ばないなら、それでいいわ」


 赤い彼らの会話は、それで終わった。以後、彼らの会話に二度とという修道女の話題が上がることはなかった。




   









 柳洞一成は、言峰を評価する。

 彼にとって、言峰という女子は、数いるクラスメートの一人に過ぎない。並よりわずかに上かと思われる容姿と、上方に極端に飛び抜けた成績の持ち主、というぐらいの印象だ。

 だが、彼女は他の女子とは何かが違った。それが必要以上に群れないことなのか、年齢不相応に落ち着いた態度なのか、遠坂凛の幼馴染みだからなのかは解らない。とにかく、やけに記憶にこびりつく女子なのだ。

 孤独を好いているのかと思いきや、存外友人は多いようで声をかけられている場面を多々目にする。

 遠坂凛に振り回されている側かと思えば、が遠坂凛をおちょくっていたりもする。相手側もそれを彼女に許しているようで、対等な関係なのは見て取れた。

 間桐慎二や一部の女子たちに心ない罵声を浴びせられても、彼女が取り乱すことは一度とてなかった。いつだってただ嵐が過ぎ去るのを待つ姿は、臆病とも賢明ともいえた。

 理由は解らない。
 強いて上げることに意味を感じないから、解らないことにしておく。

 柳洞一成は言峰を評価している。



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