「あれ。海馬くんってタバコ吸ってたっけ?」
架空のタバコを挟んだ指を軽く振る仕草を見せると、向かいに座っていた海馬くんがムと眉を顰めた。飼い主の匂いを嗅ぐ犬みたいに袖口から自分の香りを確認する。
「そんなものに手を出した覚えはない。……臭うか」
「少し」
首肯すると、海馬くんは露骨な舌打ちを決めた。「あの老骨が」漏らされた呟きから察するに、取引相手にでも移されたのだろうか。少なくとも、海馬くん本人がタバコに手を出したわけではなさそうだ。
海馬くんがいつものように応接室に顔を出した時点で、おや、とは思っていた。ただ違和感を覚える理由が分からなくて、しばらく会話の水面下で考えていた。ようやく思い至ったとき、そのまま声に出してしまったのが失敗だった。「着替えてくる」と海馬くんは不機嫌に腰を上げようとした。
「ま、待って待って。そんな気にしなくていいよ。私そんなタバコ気にする方じゃないし」
「……そうなのか?」
「そうなのそうなの。うち、お兄ちゃんが大学入ってから吸い出したし、今更気にしないっていうか。むしろお兄ちゃん思い出して落ち着くっていうか。だから海馬くんが気にならないならそれで、」
「着替えてくる」
「なんでさ!」
いいって言ってるじゃん、いや最後まで言わせてもらえなかったけど言おうとしてたじゃん!
海馬くんは乱雑に上着を脱ぐと、男前な仕草で肩に掛けた。手足の長い彼がやるとモデルみたいな所作に見えてくるから、ルックスが良いというのは本当に得だと思う。うっかり見惚れそうになった。
「じゃなくて!」
慌てて自分も腰を上げ、海馬くんの前に躍り出る。
「だから気にしなくていいんだって! 私タバコの匂い嫌いじゃないし!」
「それは覚えておくが、誰がおまえに気を遣っていると言った」
「え。違うの」
「俺を前にしておきながら、おまえが別の男を想起しているという事実が気に入らん。以上だ」
「……そうですか」
「そうだ」
だから退け、と顎で示される。大人しくその通りに道を譲ると、海馬くんは鼻を鳴らし、颯爽と応接室を出ていった。閉じられた扉の向こうから「兄サマ、もう帰ったの?」「まだいる!」という兄弟のやり取りが聞こえてきて、まもなく廊下側から扉が開けられた。
「、兄サマどうかし、……もどうしたの?」
「なんでもないなんでもない」
「何でもなさそうには見えないけど」
屈みこんだ私を後ろからじっと見つめてくるモクバくんは首を傾げていると見なくても分かる。声の調子がいかにも不思議そうなのだ。でも彼に納得してもらうために子細を語ろうとすると、気恥ずかしさが勝つので無理。
引かない熱を隠すために、両頬に手を当てた。熱い。人体ってこんなに熱くなっても生きていけるんだ、すごい。なんて現実逃避しみたことまで考え始めている。
「……いや。あの、ちょっと恥ずかしいことがあって」
「え、何したの」
「待って。なんで私が
「無理に難しい言葉使うのやめなよ。似合わないよ」